花瓶の花
この戦いが終われば…。
フロル・エネルは静かに思った。
勝者十一人は、武道の特待生になる。
無論、怪我のグレータは帰ってくるだろうが、それを含めて十二人は、秋の大会に向けて、ドリュグ聖学院の精鋭として、過酷な訓練に打ち込む。
問題は、フロルの立ち位置だ。
男の子なら、何も迷うことは無いのだが、女貴族とは不自由なもので、いわば大広間の花瓶に生けられた豪華な花、なのだ。
その花は、無論、家族が楽しむためには無い。
他の貴族を招き、見せつけるために存在する。
より絢爛に、よりたおやかに、優美であり、芳しくあり…。
しかし、花は、種を作るための物なのだ。
チェコは、山の英雄は、そんなことは、何も考えない。
だいたいが、親友のアドスにしても、皮肉は言っても、己の現実など気がつきもしないのだから。
アドスだって、生けられた花なのだ。
確かに、下級貴族ではあったが、親は彼をドリュグに入れた。
大輪の花に見初められれば、貴族のランクも上がっていく。
チェコは…。
彼はおそらく、もう既に山に根を張る、多年草であり、やがて大木になるだろう若木だった。
同じ花でも、フロルとは違う。
彼の側にいたい。
それはフロルの本心だったが、しかし大広間を飾る花瓶の花は、ふさわしいテーマがあった。
文壇の花。
若き英才。
そこに、果たして選ばれし戦士…、の名はふさわしいのだろうか?
ブリトニーはいい。
彼女は将軍の娘だ。
しかし、貴族は、剣は嗜んでも、血みどろに戦うものではない。
おそらく…。
この戦いで、多くの貴族は、手を引くだろう。
ここまでやれば充分な地位にあるものは、余計な傷を作るだけ、代表選出はむしろ、下策なのだ。
あそこで一手、仕損じたよ…、と笑って、次のダンスパーティに備えればいい。
そう…。
フロル・エネルも…。
だが、チェコと共に汗を飛ばし、香ばしい夕陽に焼かれて、花よりも葉を、煌めかせたい!
なぜ、この小さな勇者の側にいたいのか…。
実は、フロルにも判らないのだ。
恋は、知ってる。
たくさんの詩に詠われてきていた。
だが、フロル自身は、まだ己の身を、恋の炎に焼いたことはなかった。
この髪の酸っぱさ。
これが、本物の恋なのだ、とフロルは確信していた。
毎朝、チェコに会うのが楽しみだし、そのためにお洒落をする。
エズラ・ルァビアンには変な顔をされるが、知ったことではない。
エズラに詩は作れない。
つまり、現実的なのだ。
大広間の生け花であることを心から楽しみ、より美しい花になろうと一生懸命だ。
フロルは、チェコに見えるように、さりげなく飾るのだ。
武芸に打ち込んだのだって、チェコを意識してのことだった。
だが、花瓶の花が、山の若木と恋をする…。
それは、お互いに場違いではないのか…。
山を崩すか、絢爛たる大広間を砕くか、どちらにしても、当たり前の幸福ではないところにお互いを運ぶしか無いのではないか?
迷うフロルの前に、しかし既に対戦相手は立ち上がってきた。
六年の男子だ。
が、彼も花瓶に生けられた花なのは、フロルも知っていた。
公爵家の三男、ナルタだ。
鮮やかな金髪に髪を染めた優男で、しかし手強い剣士ではあった。
ナルタの顔にも、自分と同じ迷いを、フロルは見た。
彼の場合、公爵家ではあるが、三男であり、もし武芸に名を刻めば、公爵様は喜んで彼を戦に出すだろう。
しかしナルタは、華麗なダンスプレイヤーでもあったのだ。
大広間の絢爛に輝く花となるか、それとも血に赤く染まった枝葉を花に見立てる荒野の立ち木となるのか…。
フロルも立ち上がり、木刀を構えた。
あたしは、まだ一年なのだ…。
今は、ブリトニーと一緒に、まぶしい日差しの中で、山の英雄と戯れてもいいはず…。
そしてナルタは、六年であり、選択の時を向かえている。
血と汗の中に若い肉体をたぎらせるのか、ベルベットのスーツにシャンデリアの光りを煌めかせるのか…。
まさに決闘、というわけね…。
フロルは芝を歩きだした。
優男の顔を兜で覆ったナルタは、だが優美に笑い。
「お嬢さん。
ここから先は、詩人の足を踏み入れる場所ではありませんよ」
フロルも微笑む。
「あなたも、剣に生きるには痩せすぎなんじゃないかしら?」
ナルタは鷹揚に笑い。
「なに。
士官はこんなものですよ」
フロルの胸に、こみあがってくるものがあった。
「弱いナイトなら、クイーンのほうがまし、と言うものよ!」
細身の木刀を構えた。
ナルタは、片手で剣を持った。
「では、ダンスと参りましょう」
「試合開始!」
審判の号令と共に、フロルは剣を腰に構え、走り出した。
ナルタは驚くかと思ったが、笑ってフロルについてきた。
「お嬢さんに走り負けた、とあっては公爵家の恥ですからね」
余裕の笑顔が憎らしい…。
フロルは、一転、剣を可憐な若者に振りかざした。




