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スペルランカー2  作者: 六青ゆーせー
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カイの戦い

ハンマーは、カイの頭と胴体を合わせたほどの大きさだ。

それが真上から、カイに振り下ろされてきた。


チェコたちも思わず悲鳴を上げたが。


「なにっ!」


エンクが叫んだ。


チェコも驚愕した。


地面に突き刺さったハンマーの上に、カイは立っていた。


「ヨーヨー、十連撃!」


叫びと共に、カイの両手から二本のヨーヨーが、弧を描くようにエンクの顔面に連続で突き刺さった。


ずん、とエンクは膝をつく。


カイは、ひらり、とハンマーの上から、飛び降りた。


決まった…。


と、チェコは呟くが…。


「…まだだ!」


エンクは、あれだけのヨーヨーの連打を浴びて、しかし意識を保っていた。


その医学的ぜひはともかく、彼は幼少より、決して意識を飛ばさぬ訓練を受けていた。


意識を飛ばされることは、つまり、この時代、心臓を破壊されることであり、死に直結していた。

意識さえ保っていれば、あわよくば勝利することも可能かもしれないのだ。


エンクは、巨大な体を、メリメリと軋ませて、身を起こした。


「…言ったろう…、お前の武器は、小さすぎる…」


言うとエンクは、あの重い、しなるハンマーを持ち上げた。


「なるほど、俺の武器は小さい…」


カイは、語った。


「だが、小さいメリットも、あるのだ!」


カイは、ヨーヨーを放った。


それはエンクの顔を反れ、背後に飛んだ。


ぎっ、とエンクは、血だらけの歯を剥き出して笑った。


そしてハンマーを振り上げる。


カイは、人差し指の先のチェーンを、微かに引いた。


エンクの後ろに飛んだヨーヨーが、鋭角に曲がった。


エンクのトゲだらけの兜、無論、後頭部もトゲにより首筋を守っていた。


が、カイの拳に隠れるほどのヨーヨーは、そのトゲトゲの隙間を、見事に貫いた。


ヨーヨーは、エンクの太い首筋から、頭と首の接点、微かにくぼんだ部分に突き刺さった。


普通、この弱点は、兜で守られ、攻められることはない。


が、小さなヨーヨーだけは、兜の隙間から、巨大なエンクの首と頭部の接合部に突き刺ささった。


エンクの目が、一瞬で変化する。


瞳孔が開き、唐突に黒目が大きくなる。


エンクは、巨大なハンマーを持ったまま、前のめりに倒れた。


会場がどよめいた。


まさか、一年にエンクが倒されるとは、誰も思わなかった。

そして、山の英雄チェコや、才女で高名なフロル・エネルではない小柄な少年が、ヨーヨーという見かけない武器で、巨大なハンマーを振り回す格闘技チャンピオンを倒すとは予想だにしなかったのだ。


さらに一部の者たちは、カイが元々入学時にはいなかった、いやいない訳ではないが従者だった、と知っていたので、余計に驚いた。


貴族ではない、錬金術師の元従者が、武芸に名高いエンクを完膚なきまでに倒したのだ。


「凄いよカイ!」


チェコはカイに飛び付いた。


「なに、みんなヨーヨーに対する用心をしていないだけさ。

俺に対して、迂闊に動きを止めちゃ、ダメだ」


カイは真面目くさる。


今は、パトリックの隣に部屋ももらい、同じ家庭教師に勉強も教わっていた。


必ず…!


カイは拳を握り締める。


必ず、貧民窟出とそしられぬ、武官の地位に、俺は戻る…!


貧民窟では、チェコが綺麗な水を作り、まともな食べ物が食べられるようになったという。


が、カイの知っている貧民窟はそうではない。


腐った水の臭いが地面から吹き上がり、池にはピラニアや、噛みつきカエルが住み着いていた。


ヤクザが、子供たちがなんとかダウンタウンで拾ってきた食物を、笑いながら奪っていた。

そして毎日、病気で、また下水道へ降りた怪我が元で、人が死んだ。


死んだ人間は、豚に食べさせる。

貧民窟では、最高の肉が、豚だからだ。


飢えて雑草を食べ、子供は紫に変色して死ぬ。


だが、日をおかず、子供はいくらでも生まれてきた。


そんな中で、カイの父とパトリックの父は、その特技で比較的まともな生活をしていたが、飲む水は同じだった。

食べるのはトブ臭いピラニアの肉だ。


父が下水道で死に、カイはパトリックのボディーガードとして過酷な貧民窟の子供社会を生き抜き、やがてパトリックの父は、王宮に仕官がかなった。


パトリックの家では、良くしてもらっていたが、カイは早い独立を願っていた。


そのためには、やはり武官になることだ。

士官なら独身寮にも入れるし、やがて家庭も持てるだろう…。


カイは、無邪気に喜ぶ山の英雄を見た。


貴族の彼は、エルフを従者に持ち、エルフの山で修行をしているらしい。


俺は…。


カイは、ヨーヨーを握り締める。


親父の形見のこれだけが、俺を守る全てだ…。


パトリックと同じベッドに寝ようが、金髪の貴族と肩を組もうが、俺は…、違う…。


この学校を出れば、パトリックは王宮に入り、チェコは然るべき地位に身を置くだろう。


俺は、一兵士となり、独身寮の男臭いベッドで、カビの生えた天井を見上げる。


俺と、彼らでは、そもそも歩く速度が、違うのだ。

彼らは、羽のついた魔法の靴で、飛ぶように歩くのだから…。


だが、チェコや、フロルと喜ぶうちに、カイも柔らかい笑顔が浮かんできた。


靴は持っていなくとも、靴を持った奴と知り合いなのは、とても大切だ。

それには、同じ時間を共有することが、重要になるのだ…。


「よし、俺たち三人で、勝ち昇るぞ!」


カイは、叫んだ。

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