スペルランカー
カイの対戦相手は、四年のエンクだった。
先がハンマーのようになった槍使いで、テクニシャンだった。
カイもヨーヨー使いだったから、かなり変わった戦いになりそうだった。
エンクの槍は、重いハンマーに揺られてしなる。
この、しなりが、不測の動きを生み、またエンクの幅の広い、固太りの体型が、しなりを読みきった人間凶器となって、対戦相手を幻惑した。
エンクの鎧には大量のトゲがついていて、兜も腕当ても、武術の達人でもあるエンクの強力な武器だった。
到底、エンクは、チェコがイシに仕掛けたような膝十字固めなど不可能な形だった。
また、エンクは裸で組み合う相撲でもチャンピオンであり、六年でも、弾丸のようにぶつかってくるエンクに、皆、吹き飛ばされた。
またレスリングでも、多彩な関節技を操り、逆にエンクに技を決めようとしても、腕力だけで持ち上げられ、投げ捨てられた。
しなるハンマー槍は、だから武器というよりは、エンク得意の相撲やレスリングに持ち込む道具、の意味合いが大きかった。
とはいえ、人の頭を三つ並べたほどの巨大ハンマーを誰も無視することはできない。
対戦相手は、ハンマーに吹き飛ばされるか、ハンマーを交わしてエンクの肉弾戦に散るかの二択だった。
ククク…、とエンクは笑い。
「六年の優勝候補は壊滅、五年のイシは山の英雄に倒された…」
目をギラつかせて、エンクは笑った。
「ヨーヨー使い、か?
確かに戦った事の無い相手だが、俺にそんな小さな物が通用するかな?
次に当たる事があるなら、倍の大きさにするのだな」
確かに。
全てが大きいエンクに比べると、カイは小さく、ヨーヨーもカイの拳に収まる大きさだった。
格闘技の鬼であるエンクに、カイは拳に隠れる武器だけで挑もうとしていた…。
だが、カイは微かな勝算を抱いていた。
相撲やレスリングには、出てはいけないフィールドがある…。
だが、この武道大会は、限度はあるにしても、広い芝の上の勝負だ。
広さをうまく使えれば、おそらくエンクは小回りは不得意なのではないか…?
「試合開始!」
審判の号令と共に、カイは低く走った。
エンクは、大きなハンマーを肩に担いだまま、ずしり、と前進する。
カイのヨーヨーは、チェーンの長さを変えられる。
遠距離から投げることも可能だったが、おそらくエンクには効かないだろう。
最悪、狂暴なハンマーでヨーヨーに傷でもつけられたら、カイの痛手の方が大きい。
カイは、右側に回る、と見せかけ、左に急角度に曲がった。
エンクの体は右を向いた。
が…。
ハンマーが、カイの背後に撃ち落とされた。
よし、落ちたな…!
カイは、ほくそ笑む。
が。
ハンマーは、芝を捲って、飛び上がった!
しまった、しなる槍か!
エンクは、わざと地面にバウンドさせ、カイの隙を作ったのだ。
方向転換を図ったカイが見たのは、ハンマーの回転を利用し、空中でエンクが向きを変える情景だった。
巨体だが…。
このハンマーであれば、エンクは一瞬で向きを変えられるのか…。
唸りを上げて、ハンマーがカイの背後を襲う。
カイは、地面を蹴って、エンクの懐に飛び込んだ。
見ていたチェコが悲鳴を上げる。
「駄目だよ、エンクは格闘技のチャンピオンだよ!」
タランは、
「いや、面白いかも知れない。
エンクはカイほど小柄な相手と戦うことは無いだろうしな」
小柄は、非力ではあったが、肉弾戦で不利なだけではない。
捕まえにくく、すばしこい。
しかも、カイにはヨーヨーという毒針も持っているのだ。
エンクの巨大な手のひらが、カイの顔面に迫る。
エンクは関節技の天才であり、捕まったら六年でも逃げ出せない。
(確かに、六年では逃げられないな…)
カイは呟き、巨大な親指にヨーヨーを巻き付けると、ひらり、とエンクの胸に飛んだ。
エンクが、ニヤリ、と笑った。
カイの革のブーツがエンクの頬を蹴る。
が、その蹴りはダメージを与えるための蹴りではない。
跳ね返り、左脇に向きを変えるための蹴りだった。
が、相撲の名手でもあるエンクは、鋭い膝蹴りをカイに撃ち込んだ。
カイは、得意のスライディングでエンクの足の下を滑り抜け、ヨーヨーを放った。
鎧の、上着と腰当ての隙間。
背骨を狙った一撃だった。
だが。
カイは、手応えで、攻撃の失敗を理解した。
エンクには、分厚い筋肉が背骨を守っていたのだ。
相当の修練を積んでも、この部分を筋肉が覆うことは難しいのだが、おそらく、血統的にもエンクは筋肉に恵まれた体格だったのだろう。
だが、背骨の後ろが人体の急所の一つ、な事には変わらない。
そこを攻められたエンクは、怒りの声を上げた。
あらんかぎりの力でハンマーを振り、その回転で背中は一瞬で正面に入れ替わる。
(バカげた体力馬鹿だぜ…)
カイも呆れた。
この巨体で、こうも素早く動かれたら、カイの小回りも完璧に潰されてしまう。
「潰してくれるっ!」
エンクはハンマーを、カイの頭に撃ち落とした!




