ハサミ男
フロル・エネルの対戦相手は、四年だが、好んでフロルが近づかないような太ったボサボサ頭の男だった。
恐らくは、男同士で喧嘩をしている方が、女子と歓談するより好きなタイプなのだろう。
近づくと、男臭い匂いが、ツン、と鼻につく。
無論、本当の戦いの場であれば、何日も体など洗わないのも当たり前だし、フロルとて、そんなものに何のこだわりもない。
ただ、男の、フロルを撫でまわすような視線は、不快だった。
だが、無論、それは剣でお返しすることになる。
「試合開始!」
号令と共に、男はなんと、巨大なハサミを左右に広げて、フロルに突進してきた。
武器は、戦場では、勝てさえすれば、特に形も流派も問わない。
特に、状況によっては、槍は不向き、とか、脆い剣ではすぐ壊れてしまう、など戦場は千差万別なものだ。
巨大バサミが有用な状況があるのかどうか、判らなかったが、しかし、フロルの細身の剣は、分厚い鉄の塊には苦戦しそうだ。
剣で防ぐにも、へし折られそうだし、四年の体力で体に当たれば、鎧を着ていても、潰されてしまいそうに思える。
筋肉質で硬太りの大柄な体型も相まって、巨大ハサミは、とてつもない驚異に感じる。
突進してきたハサミ男を回転受け身で交わし、フロルは男の側面を突いた。
男は、ハサミをジャキンと閉じながら、体をひねる。
閉じたハサミも、頑強な鉄の棍棒と思うと、迂闊に剣で受けることは躊躇われる。
足を攻めよう…。
男の機動力を封じてしまえば、ハサミの脅威も半減する。
フロルは低く踏み込んで、男の関節部を強く叩いた。
「うおぅ!」
と、男は叫ぶが、フロルは男の背後に回り込む。
正面からの戦いは、武器の差もあり、部が悪い。
いかに死角からの攻撃が出来るか、が勝敗を分けるだろう。
男は、フロルに打たれた膝裏を気にしつつ、巨大ハサミを振り回した。
そうか…。
フロルは気がついた。
巨大ハサミは、重く、扱いも煩雑なため、男の力をもってしても、雑に、力一杯振り回すのが精一杯になってしまう。
それならば、相手をたくさん動かし、どんどんハサミを振り回させれば、振りも鈍くなり、フロルの攻撃も通りやすくなるだろう。
乱雑に振った男の一撃を交わし、フロルは男の脇腹に正確な突きを入れる。
そのまま背後に回り、背中の鎧と腰当の間に、また突きを入れた。
男は怒り、
「ちょこまかと!」
野太い声で叫びながら、斜めにハサミを振り下ろす。
が、フロルは背後に跳んで、これを交わした。
あえて正面に逃げたのだ。
ただ棍棒のように使うより、ハサミを広げれば、余計に腕の筋力を使うことになる。
相手が疲れれば疲れるほど、フロルには有利だった。
フロルがあえて、剣を構えると、男は再び、ハサミを開いた。
フロルが剣を振りかぶると、男はフロルに向かって突進した。
そこでフロルは横に跳び、男の側面を突く。
今度は、小手からはみ出した、腕の裏側に、下から切っ先を切り上げる。
狙いたがわず、男は痛みで、ハサミを放してしまう。
そのままフロルは、男の顔に突きを入れる。
が、男はハサミを放り出し、フロルに抱きつこうとした。
無論、組つくのは正当な戦術だが、男の目はいやらしい思惑でギラついていた。
…しかし、私とて小娘ではない…!
不細工が、猥褻な眼差しで組み付いて来たとしても、悲鳴を上げて逃げ回るような無様は、貴族の女として、できなかった。
フロルは冷静に、飛び込んでくる男の眉間に、木刀を突き入れた。
真剣ならば、男は即死なはずだ。
が、木刀なので、剣は眉間に入ってはいるが、男はパワーと体重でフロルを押し退けていく。
下賤な…!
フロルは、歌壇でも名を上げる英才だったが、十三で大人顔負けの詩作をするのは、単に資質だけの問題ではない。
負けず嫌いなのだ。
そして、こういう、力で男をごり押ししてくる輩は、胸が悪くなる。
フロルは剣を捨てると、男の首宛を持ち、そのまま地面に叩きつけた。
抱え投げ、と言えばいえるが、かなり強引な技である。
が、下手に腕をとったりすれば、男の腕力に勝てないのは明らかだった。
男は、首を押さえられていたため、受け身がとれずに、失神した。
チェコたちは、熱狂して喜んでいる。
フロルは兜を脱ぎ、長い黒髪を、さらり、と影にほぐして、捨てた剣を拾うと、スタスタ自陣に帰っていった。
一年が三回戦に三人登場するのは、前代未聞だった。
「山の英雄にヨーヨー使い、そして詩姫か…。
それぞれ、手強いな」
五年、六年はささやくが、しかし、どちらにしろ、上級生と当たるよりは、一年の方がマシに決まっていた。
勝ち残った全ての選手は、一年に当たるよう、祈っていた。
一方のチェコたちは、踊り出すようにお互いの健闘を称えていた。




