クアラム
しばらく、チェコたちは芝の上で休息しつつ、先輩たちの観戦をしていた。
さすがに五年六年の戦いは、迫力が違う。
武術で優秀な成績を残せば、武官として高い地位で軍に入れるし、また大学に行って戦術を習うこともできた。
用兵を学べば、士官、つまり尉官や佐官に卒業と共に抜擢される。
無論、腕っぷしに自信があれば、大学に行くまでもなく、武功を上げれば士官への昇進も可能だ。
士官は、貴族と同等に扱われたから、貴族でないものは必死に士官を目指した。
また貴族も、アドスのように貧乏な貴族は、より高い地位を得ようとする。
アドスはその点、のらりくらりと毎日を送っていたが、それはアドスが変わり者、という面が大きい。
士官も文官も、王宮で働ければ高い地位が得られるし、例えば春風亭でチェコがカードを買えるのも貴族だからだ。
一流の店舗は、平民など相手にしない。
だからダウンタウンが流行るのだし、ダウンタウンが栄えるほど、高級店舗も、より価値を増すわけだ。
それ以外にも社交界に出入りできたり、サロンと呼ばれる会員しか入れないものに出入りし、有益な情報を得たりもできるようだ。
貴族やそれに準じるものは、より得をするように社会はできていて、誰もが全人口の何パーセントかの特権階級に入りたいと願っていた。
それもあり、戦いは、卒業が見えてきている五年六年ほど熾烈になり、明らかに喉を狙って突きを出したり、また、それを食らったように見えても、倒れず反撃したりするため、試合時間も長引く。
特に、優勝候補だったグレータが休場で、アフマンは大学進学が既に決まっている。
と、なれば、誰でも、頑張れば前よりは好成績を上げられる可能性は高くなっていた。
だから皆、目の色が違う。
グレータは気の毒だが、大会自体は白熱したものになっていた。
目の前の戦いは十七分も続き、双方、フラフラになりながら組み合いになり、六年が四年を投げ飛ばすと、四年は立ち上がれず、六年の勝利になった。
「さあ、皆さん、二回戦ですわよ!」
フロル・エネルが元気に立ち上がった。
二回戦は、表の線を辿れば判る。
だがチェコは誰が誰だか、ほとんど放課後の練習などには出ていないため、判らなかった。
カイに聞くと、
「残念だなチェコ。
六年のクアラムさん、物凄く強い槍使いだ。
ちょっと君では、彼の懐に入るのは無理だろう」
実戦を重んじる武術大会では、剣以外にも、槍や鎖、二刀流、盾使いなど様々な武術が認められている。
クアラムは、二メートルの槍を得意とした、背の高い武術者で、グレータやアフマンとも互角に戦う猛者だった。
「槍か…」
カーマとの戦いで、槍の戦いも幾度となく経験はしていた。
だが、槍に限らないが、チェコはカーマに勝てたことはない。
槍にも色々な形状があり、刺すことに特化した槍から、大きな刃を持った槍もある。
長く硬い棒の部分も凶悪な武器であり、殴られたり、足を払われたり、見た目よりずっと繊細で多彩な攻撃が可能な武器だった。
攻撃範囲が広いので、剣使いは、なんとか相手に接近する必要があるのだが、熟練した槍使いは、そんな隙は与えない。
それなら誰でも槍を持てばいいようだが、狭い場所では使えない、扱いが難しい、重い、かさばる、など不利な点も少なくなく、主流は剣士だった。
だが、だからこそ、腕の立つ槍使いは手強い…。
チェコはどう戦うか、悩んだが、すぐに二回戦の一番目は、当たり前だがチェコだった。
クアラムは、顎の細い男で、おそらく殴り合いならそこが弱点なのだろう。
鎧は、顎も剥き出しなほど軽装だった。
槍に自信があるのだ。
ルールがなければ鎧を着ないかも知れなかった。
当然、それだけ重装備の鎧武者より素早く動ける利点がある。
ただし、軽装で被弾すれば木刀とはいえ、すぐKOだろうから、よほど身のこなしに自信があるのだろう。
長身でやせ形、素早く、槍の名人…。
チェコは目の前のクアラムを頭に入れた。
浅黒い顔のクアラムは、大きな目で、チェコを睨んでいた。
「開始!」
審判の号令と同時に、クアラムは素早く槍を突き出した。
チェコは槍をさばこうとするが、青鋼は空を切る。
槍は、突き出す速度と同じ早さで、引っ込められた。
空振りすれば、どんな剣士でも態勢を崩される。
そこに寸暇を入れず、クアラムは槍を突き出す。
チェコは鉄の腕当てで槍を受けた。
が、クアラムはチェコの動きを見切り、当てる前に槍を引っ込め、ほぼ姿勢を変えずに、槍の柄、俗に石突きと呼ばれる部分でチェコの足を払った。
とにかく、攻撃が素早い。
しかも、ほとんど動いていないので、動きから攻撃を読む、事も不可能だ。
跳ねるように槍の柄の攻撃を交わしたチェコに、クアラムは長い手足を折り畳み、すぐに突きを入れてきた。
わずかな時間の攻撃だが、手数が多く、全てが的確で、チェコは回避が精一杯だった。
たたでさえ六年と、一年でも一番のチビでは大人と子供ほどに身長差がある上、チェコにはスピードの理さえなかった。
連続した突きが、チェコを襲う。
しかも突きは、頭、胴体、太もも、目、脇腹、と全てが違い、全てが的確だった。
チェコは思わず、背後に跳んだ。




