勝利
勝った!
その喜びは、デュエルより大きいかもしれない。
ドラルは最初、唖然とした顔でチェコを見ていたが。
「そうか。
君は本当に戦争に行ったんだもんな。
油断だったよ」
確かに…。
最後に、チェコの剣を交わしながら回転して打つ、技は頂けなかった。
「戦争では、スペルカードでしか戦ってなかったんです…」
チェコは、自分でも驚くほど正直に語っていた。
「だから、本当に怖かったんです…」
ドラルは一瞬、チェコを見つめ、笑いだした。
「怖かった、か。
恐らく、それが俺に足りていなかったんだな」
ドラルは手をだし、チェコは、ドラルを立ち上がらせようとしたが、鎧を着た男は、ことのほか重く、持ち上がらなかった。
ドラルは自力で立ち上がり、チェコの肩を叩いて。
「いい成績を残してくれよ」
と言って、青の入り口に帰っていった。
次のブリトニーは二年の男子に圧勝した。
突進し、吹き飛ばしたのだ。
カイは三年生相手に苦戦した。
剣の上では負けていた、と言ってもいい。
攻撃は全て相手の剣に弾かれ、カイの攻撃を弾いた直後に襲ってくる剣に、カイは避けるのが精一杯だった。
カイが屈んで相手の剣を、また、交わした。
会場は一年の思わぬ避けっぷりに歓声が上がった。
三年生は、恐らく苛立った。
屈んだカイに体を回転させると、己の踵をカイの胴体に撃ち込んだ。
回転回し蹴り。
なかなか見ない大技だ。
カイは倒れ込むように横にスライディングし、剣を三年生の太ももに撃ち込んだ。
片方の足を使っていた三年生に、カイの剣を避ける術は無かった。
タランは二年生と互角の勝負をした。
相手の剣を弾いて、そのまま間合いを詰め、剣の柄で兜を殴打した。
よろけた二年生の肩口にタランの剣が打ち下ろされる。
だが…。
ふらり、と相手はよろけるようにタランの剣を避けた。
「え、今の、絶対避けられないよね?」
チェコは、叫んだ。
だが大きく振り下ろしたタランの隙に、相手の剣が背中を突いた。
「普通の避け方じゃ無かった…」
タランは唸った。
「まるで、二人に一瞬、分裂したかのようだった…」
釈然としない敗けを、タランは喫した。
最後にフロル・エネルが、黒い鎧に赤の剣を差して現れ、三年生の女子と戦った。
この女同士の戦いは熾烈を極め、激しい技の応酬だった。
ほとんど無呼吸の連続打撃を相手は続け、フロルは受け続けた。
「頑張れフロル!
もう、続かないぞ!」
チェコたちは柴の端に座って応援した。
敵の攻撃が限界に近いのは、チェコたちにも判った。
防いでいれば、きっと勝機が訪れる。
だが!
三年は、不意にフロルに抱きつくと、足をかけて、倒した。
武道大会では、現実の剣技と同様の戦いを旨とするので、組み付いて、寝技勝負に持ち込むのも反則ではない。
むしろ、鎧の結び目などは、そのために容易には外れないように水で濡らすのだ。
鎧兜を装着した同士の肉弾戦では、顔面など、ほんのわずかな隙間以外は打撃は通らない。
下手をすれば、己の手が傷ついてしまう。
小刀で鎧の隙間を刺すか、間接を狙うか、という勝負だ。
肩や肘、手首、足などの間接と並んで、本当の戦いでは股や尻も攻撃対象になる。
男の場合、前はしっかりガードしているが、動きを阻害するので、尻の防御は薄いのだ。
中世、男色も多かったが、一つに戦うものは、尻をも鍛えるためでもあった。
農村に育ったチェコは、この訓練は泣いて嫌がったが、しかし命がけなのだからしないわけにもいかない。
尻穴を攻撃されれば、耐えられなければ死、あるのみ、なのだ。
チェコたちは男子で集まって、寝技の授業も受け、男の弱点をヒーヒー言いながら習ったが、しかし…。
まさか女同士の寝技を、こんなに間近に見ることになるとは…!
一年だけでなく、会場じゅうが言葉を飲み込んだ。
鎧武者の寝技はエグいのだ。
鎧の隙間に手を入れようとし、股に手をかけようとし、上になり、下になり、首を狙い、また、ひっくり返った。
力は互角のようだった。
相手は、フロルの首を執拗に狙った。
鎧には首宛もあるのだが、寝技になれば、めくって指を突っ込む。
指二本入れば、相手の呼吸を阻害できる。
三年生の指が、フロルを攻める。
と、フロルはその手の甲を取り、ぐいと捻った。
きゃあ、と悲鳴を上げ、フロルは相手を肘折りの形に追い込んだ。
「勝者、フロル!」
だが十分に近い寝技の応酬に、フロルも大の字になって、息を荒げていた。
「よーし、一年で四人残ったね!」
チェコの声も弾む。
体力でも技術でも劣る一年が、四人も一回戦を勝ち抜くのは、とても珍しい事だった。
「しかし…」
とフロルは、まだ息を荒げながら、
「まさか寝技で来るとは思いませんでしたわ…」
黒いストレートヘアが、汗で濡れている。
「立ち技では不利だと思ったんだよ」
カイが、教えた。
「あれだけの連続打撃を受けきるとは、さすがのテクニックですわ!」
ブリトニーも興奮気味に語った。
「それもそうだし、寝技で三年に勝つなんて、フロル以外には不可能だよ!」
まず、男子では体力敗けをするだろうし、女子とは言え、大変なテクニシャンだ。
フロルはしかし、顔を赤くして、
「こんなに観衆の前で、恥ずかしかった…」
と涙ぐみ、ブリトニーに慰められた。




