武術大会
チェコはりぃんを体に入れ、髪を伸ばして夜空を急いだ。
パトスが、臭いを追ってヒヨウや、ラクサク家の兵士を連れて走ってくる。
「なんでアフマン先輩まで襲われるんだ?」
チェコは疑問を爆発させるが、りぃんは、
「知ラナイ。
俺、帰リガケニ、上ヲ通ッタダケ!」
二軒ほどの豪邸上空を通過すると、アフマンは、壁を背に、五人の男と相対していた。
グレータが背中を切られたのは、アフマンもさすがに知っていた。
チェコは五人の背後に音もなく着地すると、小柄な一人に背後から切りかかった。
敵は五人なのだし、戦争を経験しているチェコに、卑怯等という騎士道精神は全く無い。
小柄、と言っても大人の男だったが、首をめがけて剣を横に振り抜くと、カーマ神の特訓の成果もあり、男は動脈を切断され、血を吹き上げて倒れた。
即死だった。
四人は。
こいつ! とチェコに剣を向けるが、包囲が解けたアフマンが一人と剣を交えた。
そこに、どこからか口笛の音がして、四人の男は即座に逃げ去った。
すぐにパトスたちが駆け寄ってきた。
「チェコ君か!
助かったよ」
アフマンもチェコの事は知っていた。
一年の内で一番のチビで、金髪で、山の英雄なのだから、そこに不思議は無かった。
「先輩。
こんな夜道を、どうして一人で?」
そこには、チェコならずとも疑問を感じる。
「ああ。
ちょっと女性とね…」
と、アフマンは言葉を濁した。
チェコも、いくらチビで田舎者でも、雰囲気は判った。
そして、未経験な分、取り乱した。
「あ、そ、そうなんですね…」
顔が赤くなる。
ヒヨウたちはパトスと、逃げた四人を追っていたが、敵は馬車を用意していた。
「…用意周到な…」
パトスは悔しがった。
アフマンは、
「俺が夜道を歩いていると、いきなり包囲されたんだ。
気配などは感じなかった」
とチェコたちに語り、すぐ近くの実家に帰った。
「この辺、お屋敷街だから人目が無いんだよね」
チェコは周囲を見回すが、こんもり木の繁った庭園が多く、チェコたちが騒いでも、誰も気づかない様子だった。
ヒヨウは、チェコが討ち取った男を調べる。
「特に、身分が判るような物は身に付けていないな。
剣も市販の安物だし、衣服はダウンタウンで揃えたのだろう、雑な品だ」
もし返り討ちにあったときの事も考え、しかも逃げ足まで用意していた。
「だけど、何の意味があって学生を襲うんだろ?」
大人なら仕事の恨み、とか色々あるかもしれないが、チェコたちは武術大会があるくらいで、それも、ドリュグ聖学院の内部大会に過ぎない。
「チェコ、相手に何か特徴は無かったのか?」
兵士は聞くが、成績優秀なアフマンも見落とすことを、チェコが記憶するはずもなかった。
憲兵が呼ばれ、遺体は引き渡された。
翌日は、明日に控えた武術大会のため、清掃や飾りつけが行われた。
貴族学校なので、おおむね外注の業者が行うのだが、生徒も、自分の使う武具は磨き、革にはワックスを塗って見苦しくないようにする。
「しかし、グレータ先輩とアフマン先輩が襲われた、となると、やはり優勝を狙っての闇討ちなんだろうな」
アドスは結論付けた。
「でも、優勝したらなんだって言うのさ?」
チェコは聞いた。
「いやいや。
貴族であれば、優勝はやはり箔がつくだろう」
レンヌは軍の紋章の入った胴当てを念入りに磨きながら、アドスに同意する。
「頭のよいアフマン先輩は、およそ察して、決勝では勝ちを譲る可能性もあるぞ」
とタラン。
「あの人は大学に進み、文官になるのだから準優勝でも充分なはずだしな」
「ということは、武官を目指す人が犯人って事?」
チェコは聞いた。
「まー百パーセントとは言えないけれど、ある話だね。
優勝の二文字がついたら、士官の階級も一つくらい上がるかもしれない」
と、パトリック。
「どうかな?」
と反対意見を述べるのはカイだ。
「たぶん秋にはコクライノ武術大会が王宮で開催される。
この大会は、そのメンバー選考を兼ねているはずだ。
つまり、自分より強い相手を蹴落として、今は勝てても、王宮で負けたのでは元も子もない」
「へぇ、秋に王宮で大会をするんだ!」
チェコは驚いた。
「まあ、メインは大人の戦いだが、昼の部では学校対抗の戦いもある。
メンバー五人と控え二人を選ぶのが今回の武術大会の目的だ」
タランは武人の家系なので、詳しいらしかった。
男子たちが無駄口を叩きながらのんびり雑な仕事をしている頃、女子はブリトニーやフロルを中心として、
「革紐が毛羽立ってますわ!
交換しないと!」
「鉄部の艶出しには油は使わないのよ、リリア。
手で持ったとき、滑って地面に落としたら、余計に汚れるでしょう!
ワックスを使いなさい!」
と、男子とは全く違う気合いで、武具の手入れを行っていた。
エズラ・ルァビアンは金の装飾のついた鎧を新調し、
「あー、リボンはピンクにしようかしら?
それとも深紅の方が映えるかしら?」
そもそも、勝つ気はない。
「たぶん天気にもよるのよねー」
カーシャが言うと、
「そうそう。
曇りなら深紅では黒く見えてしまうかもしれないわ。
ピンクにすべきよ!」
「でも晴れれば、ピンクはぼんやりしないかしら」
悩みは尽きない。




