闇討ち
「船でなにかを運んでる?」
りぃんの報告に、チェコは首を傾げた。
何しろコクライノの丘の端で、陵墓の隣なのだ。
売れるような作物が育つとは思えない。
しかもバイロン卿の領地はアドスの領地より、もっと田舎で、もっと痩せた土地が僅かにあるだけなのだ。
「…船で運ぶ、ということは密輸…。
…密輸するものは、禁止されているものに決まっている…」
パトスはベッドに潜り込みながら、欠伸がちに語った。
「禁止されているもの?
禁止カードとか?」
チェコは平和な田舎に育ったので、何が禁止なのか、あまりよく判らない。
「…国によって禁止物は違う…。
確かドルキバラでは麻の実が禁止なはずだ…」
「え、麻って、痛みを押さえたりするのに、よく使う奴でしょ?」
中世、麻の実は薬として広く使われていた。
麻の茎は衣服を織る糸になるので、当時は普遍的に栽培されていた植物だった。
「先のバビストとの魔王戦争のとき、敵のバビストはドルキバラに麻薬を密輸し、内部から崩そうと画策したのだ。
それ以来、ドルキバラでは麻の衣服も国内生産はしていない、ほど徹底して禁止薬物にしている」
とエクメルが教えてくれた。
「へー、良い薬なのになぁ…」
現在でも医療目的としてなら、麻も使われている。
全面的に禁止とは、ドルキバラらしい苛烈さかも知れなかった。
「ケシなんかより、ずっと安心だよね?」
同じような効果を得る薬物にケシの汁があるが、これの危険性はチェコでも知っていた。
「でも、その程度の酩酊感だったら、スペルでも出せるんじゃ無かったっけ?」
チェコは呟いた。
相手を酔わせたようにするスペルや恐怖させるスペル、混乱させるものは、ほぼ禁止カードだったが山ほどあった。
現在の麻酔などは、一般のスペルランカーでは扱えないが、ほぼスペルでなされている。
薬物よりは安全で、後遺症もほとんど報告されていなかった。
「へへへ、欲しいか?」
不意に天井から声がし、へ、と見上げると、天井板をずらして、パックが顔を覗かせた。
「パック!
忍び込んだの?」
「こんな屋敷、俺にとっちゃ貧民窟と変わらねーよ!」
ひらり、と床に音もなく降りてくると、カードを見せる。
全身麻酔、や局所麻酔、などの医療カード、それに禁止カードの恐怖や混乱、酩酊などが揃っていた。
「え、くれるの?」
無論、デュエルでは使えないが、実戦であれば絶大な効果は保証されたカードだ。
「ま、話によっちゃ、だな」
黒猫の顔に、狡猾な人の表情が浮かぶ。
? と無言でパックを見つめるチェコに、パックは。
「マタタビと交換だ!」
チェコは、無言でパックを見ていたが、我慢しきれなくなり、ブッ、と吹き出して笑い転げた。
「パックって、見た目だけじゃなくて、マタタビが好きなんだ!」
パックは毛を逆立てて!
「うるさいっ!
中毒じゃないぞっ!
ただ、気持ちよくなるから、たまにリラックスしたいだけだっ!」
「リラックスッ!」
チェコはベッドの上で、転げ回って笑う。
一日中、ハッピーホルモンが過多に分泌されているチェコにとっては、人がリラックスしたい、という気持ちも、ほとんど判らなかった。
ほぼ、人生で緊張したことが数えるほどしかないのだ。
それは、リコ村でハブられている時も変わらなかった。
野うさぎたちと、けっこう楽しく遊んでいた。
「判った!
交渉決裂だ!」
パックが激怒してから、チェコは慌てて、マタタビを手に入れる約束を交わした。
翌日、学校では殺伐としたムードが漂っていた。
なにしろブルー弟のような、絶対関係無い者たちまでが、青くなって剣を振っている。
「えっ?
一日で空気、違ってない?」
昨日までは、それなりに、もう少し穏やかなものも流れていた気がする。
「あー、どうやらさ…」
とレンヌが肩をすくめた。
「昨日、闇討ちが行われたらしいんだ…」
「闇討ちって、なに?」
チェコは、聞いた事も無い言葉だった。
「つまりだな…」
とアドスがもったいぶって。
「昨日の夜、優勝候補のグレータが、五人の覆面の剣士に襲われ、卑怯にも背中から切られて、大怪我を負ってしまったんだ」
「大怪我ってことは、もしかして真当の剣が使われたの!」
そのようだ、と背後に歩いてきていたタメク生徒会長が重々しく語った。
「優勝候補のグレータは前の相手に気をとられていた隙に、背後から背筋を切られた。
骨までは達していないらしいが、武道大会には出られないだろうな」
なんて卑怯な! とチェコは怒るが、ヒヨウは。
「戦いの定番だ。
相手の隙を作り、背後を襲う。
おそらくグレータは相手を侮ったのだろう」
とヒヨウが教えた。
「まあ、そうなんだろうけど、このドリュグ聖学院の生徒が闇討ちに屈した、等というのは、とんでもない不名誉な事だ。
チェコ。
君も立派な山の英雄なんだ。
夜道を一人で歩いたりしないでくれよ」
タメクはチェコと、おそらくその後ろのヒヨウに言って、去っていった。
「でも、学校内の大会でしょ?
何で血を見るような事になってるの?」
チェコは首を傾げた。
「ま、そこら辺が不明だから、みんな不気味なんだよ」
と、まともなことをアドスが語った。




