愛
パックは戦うことが好きだった。
昔。
見世物小屋から逃げたばかりの頃は、何の力もなくて、ずいぶん痛めつけられた。
倒れて泥の味を知った。
自分の血の味も、傷の味も知っている。
だから、戦い方を知るのは、いい。
今度、獣人と馬鹿にされても、言ったやつをコテンパンに叩きのめす事ができる。
ガニオンの大砲をヒラリと交わし、パックは考えた。
でも、あいつは強かったな…。
チェコを思う。
一瞬でナイフを奪われ、喉に当てられた。
次はヘマをしない!
とパックは思い、またチェコと戦いたい、と熱望した。
金髪の山の英雄は、いつものようにアドスとゲラゲラ笑っていた。
皮肉屋で友達のいなかったアドスだが、山の英雄は、アドス程度の皮肉など気にもとめずにジョークと感じるものらしい。
フロル・エネルは、自分の漆黒の髪を、微かに舐めた。
ちょっと酸っぱい。
やっぱり…。
フロルは、自分が恋したときの変化を知っていた。
少し、髪が酸っぱくなる…。
金髪の山の英雄は、フロルの中で、少しづつ大きな存在になってきていた。
ブリトニーは、今朝、父と交わした会話を思い出していた。
「あたし…。
チェコ様のお嫁さんになりたいの!」
将軍は、口に含んだコーヒーを、思わず吹き出していた。
少し動揺しながらも、将軍は、
「ははは。
ブリトニーは相変わらず惚れっぽいな。
だが、いくら山の英雄と言えども、それだけではいかん。
次の武道大会で、せめてベストスリーにならないと、パパは認めんよ、ハハハ」
ブリトニーは、爽やかに笑うチェコを見つめた。
チェコ様。
きっとベストスリーに入ってくださいね…。
と、多くの者たちから熱い思いを注がれているチェコだが、隣の席のアドスと無邪気な会話をしていた。
「なーアドス。
お前、チンチンに毛、生えてる?」
アドスは飛び上がって驚いた。
「な、何、急に変なことを聞くんだよ!」
声をひそめる。
「だって気になるんだもん」
まー、アドスも気にはなる。
「お前はどうなんだよ…」
自分から墓穴を掘るほど、アドスは馬鹿ではない。
こういうデリケートな問題は、答えに失敗するとスクールカーストにも大きな影響を与えるのだ!
「んー、生えてないけど、脱毛した」
アドスはこけて。
「なんだ、そりゃ?」
「だって、脱毛した方が、生えてるっぽく見える、って言うんだもん…」
一応、チェコも恥ずかしがっているらしい。
ほら、と腕も見せる。
ツルツルになっている。
「あー…」
アドスも困り。
「脱毛したり、剃ったりだな。
うちはお金がないから、常に脱毛、って訳にはいかなくってさ」
正直な事を囁いた。
「そうなんだ。
脱毛薬なんて原価は安いから、作ってやるよ」
そー言えばチェコは上級生に薬を売ったりしていた。
「まー、ただでくれると言うなら、ありがたいね。
貴族で貧乏って言うのは、ホント大変なんだ」
それでさ…、とチェコは顔をつけてくる。
「ハイロンって知ってる?」
ジモンは昨日から、ドリアン憲兵を追跡している。
昨日は欠伸が止まらないほど退屈な一日を送っていたが、人間の日常の九九パーセントなどは退屈で当たり前だ。
今日はドリアンは、柄にもなく早起きをして、野原に入っていった。
畑にするには日当たりも悪く、土も良くないので放置された場所だ。
この先に進むと銀嶺山脈があり、ドルキバラに出るのだが、少なくとも徒歩で道も無い中を歩くのは到底無理だ。
だから怪しい。
ジモンは、トカゲのように草の中を這って進んだ。
一時間以上、ドリアンは藪を掻き分け歩いていく。
「こりゃ、歩き慣れてるな…」
本当の荒野の藪では、肥満したオッサンがそうそうは歩けまい。
道と判らない程度に、あらかじめ手を入れてあるのだ。
隠し畑とか、人に言えない趣味だとか、これだけの労力を費やしているのだ、何かあるはずだった。
俄然興味が湧いてくるジモンだが、決して焦りはしない。
人は秘密に近づくほど、用心深くなるものだ。
焦らず、気を抜かず、ジモンは藪を進んだ。
「さー、助手君。
今日は動く人形を作ってもらうよ!」
「動く人形…!」
チェコは驚愕し。
「あの、俺…、機械系は苦手なんです…」
パーカー先生に断った。
「いやいや、そんなに難しく考えることはないよ。
ここに見本がある」
パーカー先生は、ガラクタの山の中から子供のオモチャみたいなのを出してきた。
木の板を使って作った人形で、簡単な歯車で、足につけた車輪が回り、前進する。
腕にも、似た仕掛けがあって、剣を振り回す、と言うものだ。
「あー、このくらいのオモチャなら…」
ダリア爺さんの錬金兵は、自分で考え、頑丈で、話しもする。
そんなレベルと思われた、と思って焦ったが、さすがに、そこまで期待されてはいなかったようだ。
授業で五年生が組み立てるので、チェコの仕事は、歯車や兵隊の大ざっぱな形などを、板からくり抜けば足りるようだ。
「おー、さすがにダリア先生の愛弟子だね。
手際がいい」
愛弟子などと言う上品なものでは無かったが、こんなものなら町に売りに行ったものだ。
他愛もなかった。




