募集
ホームルームが終われば、生徒たちは帰宅するが、今は、
「一年生の諸君!
剣闘部に入らないか!」
とゴッツイ先輩が叫んだり、
「スペル研究会です。
一緒にスペルを研究し、トーナメントに備えませんか!」
など、様々な午後の活動の誘いがある。
着飾った少女もチェコをいざなう。
「なに、ティールームって?」
チェコが言うと、アドスが。
「まぁ、社交界の練習さ。
優雅な会話とか、必須の教養とかを教え会うような場所だ」
「ドッククラブに入らないか!」
「…俺は、精獣だ…!」
パトスが憤慨した。
「そういえば、レンヌとタランは?」
チェコが周囲を見回すと、
「タランは剣闘部、レンヌはスペル研究会だよ」
とアドスが肩をすくめる。
が、
「君は山脈の英雄チェコ君だね!」
と一人の上級生が近づくと、
「なに、小さくって判らなかったぞ!」
勧誘の生徒たちが色めきたち。
「君、ぜひ我々エルフ同好会に入ってくれ!」
「私たち、スイーツ研究会です。
味見だけでもOKよ!」
「狩りは好きかな!」
「水泳部は君を待ってるぞ!」
チェコの周囲には、何十センチも背の高い人たちが殺到した。
「うわっ、なに?
判らないよ!」
と、取り乱すチェコだが、
「こっちだ…」
誰かがチェコの袖を引っ張った。
チェコは、するり、と人混みを抜けて、人気の無い建物の北側に出る。
雑草の、すえた臭いが立ち込めた、行き止まりの場所だった。
「あ、ありがとう、助かったよ…。
えっと…」
「その者の名前は知らないのである」
とエクメルがささやく。
それは、一目でかなり上級生だと判る、筋骨のしっかりした男だった。
ふふん、と男は笑い、
「俺様の名を知る必要は無い。
お前の、英雄の看板さえブチ壊せれば、それで良いからだ」
男は、がっしりした顎を反らせて、チェコを見下ろした。
「えっと、それは俺と戦う、ってこと?」
チェコは、ぽかん、と男を見上げた。
「そう言うこった。
なに、ちょっと顔が腫れ上がれば、良いんだ。
大人しくしてりゃあ、すぐに済む…」
言って男は、チェコに近づいた。
男も腰に剣は下げているが、素手で殴る構えのようだ。
ふーん、とチェコは男を見上げ。
「じゃあ、殴り合いなんだね?」
と老ヴィッキスに習った拳闘のポーズを取った。
「おいおい小僧。
下手に反撃なんてしない方が身のためだぜ!」
男は忠告するが、
「うん、大丈夫」
ニカ、とチェコは笑った。
男は舌打ちし、
「舌を噛むなよ!」
言いながらパンチを打ち下ろした。
その男の、さらに懐深くチェコは踏み込み、遠投のように体をしならせ、拳を突き出した。
小さな的を殴るため前に踏み込んだ男の顎に、チェコのパンチがパチンと当たった。
しまった…。
男は、不意を突かれていた。
反撃など無いとたかをくくっており、チビの拳が自分に届くとも思っていなかった。
チビのパンチは、予想外に強烈で、男の口の中に、血の味が広がる。
男は、膝がくだけて、倒れていた。
「あーあ、大変だねぇ。
たぶん顎が砕けたよ」
チェコは、男の前に立って、自分の拳を広げて見せた。
そこには、いつの間にか、小さな金属片が握られていた。
「お兄さん、俺がスペルランカーだって知ってたよね?」
男は、顎から血を吹いており、意識も失いかけていた。
「…チェコ…!」
パトスが、アドスを伴って走ってくる。
「心配しなくても顎は治してあげるよ。
ただ、俺はプロじゃないから、失敗しても怒らないでね…。
歯並びまで保証できないけど…」
言いながらチェコは、男の腕を、後ろで縛っていた。
ロープもカイザーナックルも、カードで持っていたものだ。
「アドス、彼が誰か知ってる?」
「ああ、この人は、グレて素行が悪いので有名なカラー準爵の三男、ブルーだ」
ほほう、と男の傷を治そうとかがんだチェコに、
「動くな!」
と、十メートル先で弓を構えた男が、木立から立ち上がった。
「あれ、組織的だね…」
チェコは呟く。
が…、男は、すぐに首の後ろ側を捕まれて、倒れた。
「うわっ、ヒヨウ!
どうしたの!」
急にチェコは叫んで、髪を肩に付かないほどに伸ばした少年に駆け寄った。
「やあチェコ、ちょっと久しぶりに寄ってみた」
と、ヒヨウは涼やかに笑った。
「おいおい、この学園は一般人は入れないんだぞ!」
と、エルフのアースカラーの着物姿のヒヨウを、アドスは見とがめた。
ヒヨウは、ふむ、と考え、
「チェコ、それは困った。
このままでは俺は怒られてしまうので、俺を従者にしてくれないか?」
「従者?」
チェコは、貴族のシステムなど、なにも知らない。
「ああ。
従者なら、学校に入れる上に、お前のクラスに入ることも出来る」
「え、でも俺たち一年だよ?」
ヒヨウは、確かタッカーより一つ下とかだ。
「まー、山で勉強は済ませているんだが、都会の学歴があれば困らないからな、名門校に入りたいんだ」
チェコは顔を輝かせ、
「そんならOKだよ!」
と叫んでいた。