社交界デビュー
チェコの新しい冒険。
しばらくは学園ものです。
「プロバァンヌ候、チェコ・ラクサク様、ご来場です!」
高さ三メートルはある両開きの扉が音も立てずに開くと、ヴァルダヴァ王宮の水晶の間に盛大な拍手が巻き上がった。
この新学期から晴れてドリュグ聖学院に入学する貴族たちは、同時に社交界にも名を知られる事になる。
今日は、その顔見せのパーティーだった。
扉から現れたのはシックな黒の礼服に身を包んだ、小柄な金髪の少年だった。
「見て、彼が赤竜山で二万の軍を打ち破ったプロバァンヌのラクサク様の五男、チェコ様よ」
貴婦人たちが、サラッサラの金髪をなびかせた少年を見て囁く。
チェコは本来、自分の髪にブラシはおろか、櫛さえ入れたことは無かったが、コクライノのラクサク邸では執事の老ヴィッキスと侍女のアンが、チェコの意思に関係なく、三十分ものブラシがけを毎日繰り返した結果、チェコの髪は謎の化学変化を起こし、ブラッシング後数時間は、まるでストレートヘアであるかのように振る舞うようになっていた。
そのチェコの足元には、カツカツと大理石の床に爪音を立てながら、チェコと同じような化学変化を起こした愛玩動物ヘアのパトスが胸を張って並んでいる。
「ほう、君が我が軍二万を散々に打ち破った山民の英雄かね?」
と気軽に声をかけてくるのは、軍人出らしく背筋の通った大ヴァルダヴァ候、ダミアンだった。
「はい、閣下!」
とチェコはピカピカに磨かれた革靴を鳴らして片膝を落とし、深々と礼をした。
隣でパトスも、膝を折って礼をしている。
別にチェコが英雄な訳でもなく、ほぼエルフとミカのお陰で生き残ったようなものだったが、政治はそれでは動かないらしい。
破れたコクライノのドリュグ聖学院に入ることもあり、ユリプス候とヴァルダヴァ候の話し合いにより、山の民を率いてラクサク伯爵の五男チェコが獅子奮迅の働きを見せ、ついに辛くも勝利を引き寄せた、というストーリーが編み上げられていた。
この話にパーフェクトソルジャーも悪魔ドルェヴァも姿を見せず、かろうじてエルフや山民たちには、一人百万リンの報償が与えられた。
そして学校の始まる五月に先駆けて、今日のパーティーがチェコのコクライノ社交界での顔見せとなっていた。
無論、名目はドリュグ聖学院へ新入学する貴族子弟の顔見せであり、三十人ほどの子供たちが華やかな社交界へのデビューを果たす事になる。
無論、皆、チェコと同年であり、まだアルコールは口に出来ない。
華やかに着飾っても、奥のテーブルで子供たちが集まる事になる。
お披露目が終われば、大人たちは酒を飲み、歓談を始め、優雅なダンスなども始まるが、いかんせん新入学グループは、ダンスをしようにも尺が合わず、菓子などをつまみながらダラダラした時間を過ごし始める。
彼らは、どちらにしろヴァルダヴァ領の貴族であり、チェコ以外は皆、顔見知りであった。
「ふーん、小さな英雄君ねぇ…。
君なんかが、本当に二万の軍と戦えるのかい?
こんなチビの癖に…」
漆黒の髪をした少年が、ふとチェコに近づいてきた。
チェコは、ばっ、と振り向いた。
頬を、紅潮させている。
漆黒の髪の少年、アドスは一瞬、身構えた。
が…。
「…お、俺、友達の作り方なんて知らなくてさぁ…!」
「はあ?」
「この一時間で、君が初めて声をかけてくれたんだよぅ!」
ほとんど、山民の英雄は涙ぐんでいた。
抱きついてくるチェコに、アドスは慌てて、
「な…、なつくなよ!」
と払い除けようとするが、
「俺、必死で戦ってただけで、別に英雄なんかじゃ無いんだよ!
でも、たくさん兵士を殺しちゃったから、こっちから声をかけるのも気が引けてさぁ!」
「ちょっと!」
と逃げようとするアドスだが、ふと見ると、ズボンの裾も、チェコと同じ目をした子犬に噛まれていた。
「おぃ…、今日おろしたてのズボンだぞ…」
と一気に力が抜けたところに、美しく着飾った少女二人が寄ってきた。
「あら、アドス、もうプロブァンヌ候とお友達になったの。
皮肉屋のあなたにしちゃ珍しいじゃない」
と、象牙の扇子をかざしてみやびやかに笑うのはエズラ・ルァビアン。
ルァビアン男爵家の二女であり、すでにその美貌でコクライノ社交界では確かな地位を築き始めていた。
隣は、フロル・エネル。
艶やかな黒髪のストレートヘアが美しい、教養があり、詩作ではすでに何度か歌会へデビューしている子爵家の三女だ。
「いや、こんな奴…」
と慌てるアドスを遮って、チェコは、
「俺たち、もうマブだよ、マブ!
やーアドスって、ホント良い奴!」
皮肉屋で、嫌われ者を任じていたアドスは、不意を突かれて赤面してしまった。
「まあ、アドスって見かけによらないとこがあるのね!」
金髪を豪華に結ったエズラが言えば、英才のフロルも、
「意外な一面、それは人となりを深くふちどる」
などと誉める。
アドスは、何を隠そうフロルに微かな恋心を抱いていた。
真っ赤になって、チェコと共に美少女たちとの会話に夢中になった。
「おい!」
チェコたちの賑やかな騒ぎに、離れていた少年がツカツカと歩んでくる。
「僕は、レンヌ・ミルドレット。
ジャック・ミルドレットの息子だ!」
チェコは、はっ、と赤茶色の髪の少年を見た。
「スペルランカーの?」
「そうだ。
貴様が、父を破ったというのは本当なのか!」
チェコは、やや涙を浮かべて頷き、ポケットから、デュエルの証である大型のコインを取り出した。
レンヌは、目の色を変えた。
チェコは、レンヌの手に、コインを置いた。
「もし親類に会ったら、返そうと思ってたんだ。
レンヌ…。
ごめん…」
レンヌは大型のコインを両手に抱き、
「父上…」
と人目をはばからずに涙を落とした。
「レンヌ…」
と、泣き崩れる赤茶色の髪の少年を、素早く同じ髪色の青年が肩を抱いた。
「君がチェコ君か。
僕はミッチェル・ミルドレット。
グレン隊長に君の事は聞いている。
君は素晴らしいスペルランカーであり、その勇ましさは稲妻のようだ、とね」
ミッチェルはレンヌの手からコインを持ち上げ、チェコに手渡す。
「レンヌ。
神聖な父のデュエルを涙で汚すのか?」
レンヌは兄の胸で泣きじゃくっていたが、
「ごめん、チェコ。
そのコインは紛れもない父のものだ。
そして、命をかけて君が獲得したものだよ。
出来れば、大切に使って欲しい…」
涙声で語るレンヌに、チェコも、
「ミッチェル、レンヌ、お父さんは本当に強かったんだよ。
俺は、子供だったから、偶然、勝てただけなんだ…」