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星天、月空

作者: あふぁ

 寒いわりには雪なんてさっぱり降らず、私の22歳の誕生日でもある12月24日の夜。

 そう、そんな日に仕事が終わった直後の私へとあいつから嬉しくない電話がやってきた。

 電話の内容は別れ話だ。別れる理由は『愛していく自信がなくなった』というものだった。

 最近は仕事や私生活に忙しくてあまり会えなくなったから、仕方ないかって思ったけれど、電話が終わってから強くイライラとしてしまう。


 それは高校の時にしてくれた告白は直接言ってくれて、情熱的だった。なのに、別れの告白は電話でそっけなくされたことを。

 見た目はスレンダーだし、顔も悪くない。身長も150後半はあり、黒髪は美しく輝くかのようで、そして自慢のセミロングだ。胸のサイズが73なのがマイナスポイントだけど。

 性格はなんでも正直に言うことは男に好まれないけれど、それでも6年も付き合っていた。

 なのに、電話で20秒もしないうちに恋人関係が終わってしまった。

 6年という時間の積み重ねがわずかな時間で終わってしまう。


 ……恋愛はなんて無駄な時間なんだろうかと思う。

 そう意識してしまうと、もう手提げバッグに携帯電話が入っていると思うだけでもう苛立ってしまう。

 別れ話出すんだったら、めんどうでも直接会いに来いってんだ。

 それが彼氏として最後の役目でしょう、と。

 私は元彼に腹が立ちつつも我慢しつつ帰りの電車に乗る。

 自然といらだちが収まる様子はなく、いつも降りる駅より、ひとつ手前に降りて歩き続ける。

 心を落ち着かせようとわざわざ歩いてるんだけど、夜の外は寒い。

 コートにスーツ、手袋だけではなかなかに辛いものだ。


「あぁもう! なんだってこんな日に!! せめて誕生日終わるまで待てっての。なんて気が利かないんだ、あいつは」


 誰もいないのを確認してから、大声でそんなことを叫んでしまう。

 ぶつぶつと元彼に対する文句をつぶやきながら、人気のない静かな道を歩いているんだから、少しは心が落ち着いてもいいものだけど、私。

 あーあ。明日は仕事休むか。腹たつし、寒いし。

 ……しかし、いつもと違う駅で降りて、家の近道をしようと最短距離を目指したのは失敗だったかな。

 周囲には自販機すら見えない。

 見えるのは、雲ひとつない夜空に浮かぶ綺麗な丸い月、街灯と家と山。

 そして、道の脇。その少し奥には月に照らされて幻想的な光景となっている赤い鳥居がある。その後ろには月明かりでしか見えない階段が。


「鳥居かぁ……」


 鳥居の前まで行き、立ち止まった私は幻想的で美しく、けれどどこか現実的でない美しさに恐怖感を覚える。

 鳥居の奥には小さな電灯の明かりで夜の闇に浮かぶように見える、古い木でできた建物が見える。

 この神社の周囲には林でかこまれ、神秘的な感じがする。


「こんなところに神社があったんだ」


 神社といえば困ったときに神頼みをする場所で、多くの人は年末年始や何かの行事ぐらいにしか来ないだろう場所だ。

 普段、神社があるとか気にしたことないから、この道を車で通っていても今まで知ることがなかった。

 そういえば、いらついた時は神頼みだっけか。あれ、不幸なときだっけ? まぁいいか。久々にお賽銭でも入れれば、何かいいことがありそうだし。

 私は鳥居の下をくぐり、薄暗く急な階段を踏み外さないようにゆっくりと足歩いてゆく。

 30段ちょっとの階段を登り、小さな家ぐらいの大きさがある建物が見えた。その建物には丸い電球がひとつだけあり、それ以外は何の明かりもない。


 そんな薄暗い場所を目指し、道の両脇にいる無表情な石の狛犬に怖がりながら歩く。

 神社では手を洗う、道を歩くときは右だか左を歩くといった礼儀があった気がするけど思い出せない。

 無知を許して欲しいと心の中で祈りながら、私は賽銭箱の前へと着く。


「結構立派なものね」


 感心する。木でがっしりできた賽銭箱だけども、視線は箱のちょっと上。屋根の内側の造りがすごく見える。

 ええと、拝殿、でいいのかな。この建物の名前って。

 なんか昔、父にいろんな神社へと連れまわされた記憶を思い出してしまった。それは大きいところから捨てられたような様々なところを。

 まぁ、無理矢理連れてかれた記憶なんてのは別に思い出さなくてもいい。

 気持ちを入れ替え、私は賽銭箱へと向き合う。

 えっと……いくらいれようかな。


「……決めた。105円いれよう」


 100円入れると量が少ないのはなんか寂しい気がするし、5円だけだとさらに寂しい。105円で良いご縁が1回はあってほしいものだ。特に良い男性と知り合えば最高です!

 そういう想いを込めて投げられたお金は、電気の光によって輝きながら、賽銭箱へと舞い、箱の中へと落ちていく。


「さて、願い事は……」


 その時、バッグに入っている携帯電話かから、今の気分ではとても耳障りな音が聞こえてくる。

 私はうんざりしながら、バッグから取り出す。

 ディスプレイに表示されているのは元カレの名前。いまさら何の用だか。


「なに?」


 電話に出てすぐに冷たく言う私。

 この言葉が聞こえていないのか、無理にテンションを上げているのだろうか。電話の向こうの彼はとても明るく今日は寒いだの年末が楽しみとか仕事が疲れたとどうでもいい話を。

 不自然? それとも自然?

 彼は私に何を言うのだろう。何も言わずに聞いていると、あいつは腹が立つことを言ってくれた。

 『ヨリを戻さないか』って。

 別れようと言われてから2時間。彼の心が変わったの?

 責任感のない男に怒りを覚える反面、嬉しいという気持ちも少しあるという私自身の気持ちが悲しい。

 そして、すぐに嬉しい気持ちだけが消えていった。

 言葉の端々からわかる言い訳の言葉は、浮気相手だった女に振られたから、また付き合い直そうとのこと。

 ……ふざけんじゃねえ。


「ふざけんなっ!」


 思い切り息を吸い込み、大声を出したと共に通話を終える。心を落ち着かせようと深呼吸するも深呼吸がうまくできない。

 いらだった気持ちのまま、着信拒否設定、メアドやSNSなどを拒否。最後には、登録していたアドレスを何の感慨もなく消去。

 ここまでやって、わずかにすっきりして落ち着く。

 せっかくこう、静かでどことなく神秘的な所に来てるんだし、静かにしなきゃいけないと思う。

 ……まぁ、遅すぎる気がするけど。

 再び深呼吸して目をつむり、気を落ち着かる私。うん、男なんてそこらへんに転がっているんだし、別にいらだつ必要なんてない。1人静かなクリスマスだっていいものだ。誰にも気を遣う必要がないから。

 そう考えていると、どこかから声が聞こえてくる。

 目を開け、私はあたりを見回す。


 けれど、周りには音を出すものが見当たらない。

 風が吹いてないから、木々が揺れる音でも風の音でもないことは確かだと思う。

 えーっと……まさかの幽霊?

 怖い気持ちになりながらも、音の出どころをはっきりさせたい私は耳を澄ます。


 ―――これは歌声?


 神社の裏からかな。私はその音が気になり、後ろへと回る。

 裏は木々の数が少なく、木々の隙間からは、街灯っぽい明かりが見える。

 私は歌声に魅かれて、その方向へと自然と歩き出してしまう。

 道がない森の中をつまずきながら歩いていくと、辺りの木々はなくなり、目の前に大きな湖が現れた。


「湖なんてあったんだ」


 頭の中の地図では湖がある公園があったのを思い出しながら、水面に丸い月が映っているのをぼぅっと見る。

 幻想的な風景に心を掴まれていると、気になってやってきた声がまた耳へと聞こえてくる。


「Amazing grace how……」


 その声は、鈴の音のような心地の良いもの。

 聞こえてくる声のほうを見ると、少し遠くにいたのは背の低めな男の子。

 首筋まで伸びた黒髪をしまうようにニット帽をかぶり、膝まであるコート、手袋と防寒装備をしっかりして背がやや低めだ。

 その子は街灯に照らされ、湖の波打ち際で暗闇へと歌声を向けている。

 

「I once was lost but now……」


 私はその子に興味を持ち、隣に行くために足早に歩く。別に可愛い子かな? というようなことではない。

 夜に、それもこんな人気のない場所にいることが。そして、どこか寂しげに聞こえる声を聞いて心配に思ったから。

 まっすぐに舗装されていない土の道を歩き、彼からちょっと離れたところで立ち止まる。

 足音をそれなりに鳴らしているはずなのに、それに気づく様子はなく熱心に歌い続けている。


「The Lord has promised good……」


 歌を聴いていたいけど、何も言わずにただいるのも邪魔なんじゃないかと急に思えてくる。

 だから、そっと気づいてもらいたくて小さな声を彼へとかける。


「こんばんわ」

「ひゃおぅあ!?」   

 私に声をかけられた少年は、可愛らしい声をあげて地面へとかっこ悪くこけてしまう。

「や、その、ごめん。驚かすつもりはなかったんだけどね?」

「………あ」


 こけたまま、私をおびえたように見上げてくる。そんなに怖いのか、私。

 と不満に思ったけれど、こんな真夜中に人気のないところに突然現れたら誰だって驚くだろうと納得。

 悪いことしたなぁと思うと同時にそのおびえた顔を見ていると抱きしめたく―――落ち着け、自分。


「大丈夫、怖くない怖くなー………って、こんなの言う私に私が傷ついた……」

「えっと、そう気を落とさないでください?」


 変なことを言う年上の女になんて優しい気配りなんだろう。

 こんな小さい子でも気をまわせるというのに、元彼のあいつはそれすらもできない。あぁ、なんで思い出してしまうんだ。早く忘れてしまえ、私!


「あなた、いい子ね。色んな感情が混ざり合って泣きそうよ」

「大人は色々大変だと聞きますし、お姉さんもそうなんですか」


 と、その子は立ち上がり私を不思議そうに見てくる。

 見つめられている顔を見つめ返し、気づくことがある。この子はなんてかわいいのだろうと。

 小学生高学年か中学生のはじめ頃の幼さを感じる。その幼い顔は少しメイクをすれば女の子よりかわいいかもしれないという顔をしている。 

 その顔に見惚れていると、男の子は1度首を傾げてから少し危機感を感じた声を私にかけてくる。


「何か用ですか?」

「用? ……うーん、そういうわけじゃないかなぁ」


 歌声が聴こえてきたから来た、なんて言うのも不自然すぎるかなぁ。

 まぁ、そもそも自然的に声をかける流れじゃないし。こんな夜には。


「なんでそこで考えるんですか。なにか用があったから話しかけてきたのでは?」

「用というか歌声がきこえてね? なんだろうなぁって思って聞こえてくるほうにやってきたらキミが見えたのよ。そして近づいたの」

「えっと、どこから聞いてました?」


 声だけなら神社にいたときに聞こえていたけど、ハッキリと聞こえたのは湖に来てから。

 そう、あの英語な歌声を聴いてからだ。


「アメージングレースっていう所からだったかな」

「2曲目からですか。僕は練習とストレス発散でいますけど、こんなところにいると危ないですよ、お姉さん」


 あ、なんか若い子からお姉さんって言われると嬉しいかも。傷心した身にはこういうささいな言葉さえも嬉しい。


「それ、私がキミに言いたいよ」

「慣れてますから、大丈夫です」

「何に慣れてんのよ……」


 その言葉の意味を素直に考えると、人気がない場所による来ることに慣れているということになる。

 少し角度を変えて考えると、1人でいるのに慣れているとか親が嫌いで外にいたいということかも。うん、こういう解釈で合っていると思う。


「痴漢や男の子に告白されたり。男の服を着ているのにそんなことが起きるんですよ? そんなに女の子らしいんですかね。もう経験が多いから日常の一部ですよ」


 ……考えていたよりすごかった。

 え、今どきの若い子ってそういうのに冷静に対処できるものなの? 相手もだけど、男の子でいいの? むしろ今だからこそ同性愛にも寛容?

 かわいいは正義?

 もう予想外すぎて私の頭はフリーズし、口を開けたまま喋ることができなかった。


「まぁ、実害はそれほどないので慣れればどうとでも。そろそろ歌の続きをしてもいいですか?」

「え、あ、うん。それなら私ははじっこで聴くから」


 私は男の子から少し離れたところにある、人が1人座れるぐらいの岩へと座るも、呆れたような視線を私に向けてくる。

 それはどういった視線なんだい、男の子よ。


「どうかした?」

「いえ、別に。僕の周りには変な人が寄りやすいのかなぁって」

「ケンカ売ってるのね、そうなのねそうなんだね」

「え、えっとあの?」

「私もセクハラする人と同じ変人扱いなのね!」


 しゃがみこみ、顔を手でおおげさにおおう。ほんのりショックなのは事実なので泣きマネを。


「うぅ……って。なんでどっかに行こうとするのかな!?」


 何も言わずに歩き出した音を聞いいて顔をあげた私は、男の子の歩き去ろうとする後ろ姿が目にはいった。

 私の言葉にさっぱり反応しない男の子に私は急いで立ち上がりついてゆく。 

 けれど、その歩みはすぐに止まった。

「なんでついてくるんですか」

「無視されたから」


 寂しげにそんなことを言うと、大きく息を吸い、盛大なため息をあきれたようにつく男の子。


「ちょ、なによ。その溜息は」

「もしかして僕の歌が聴きたいんですか?」

「うん、すっごく」

「どうしてです?」


 不思議そうに見つめてくる男の子に、私はなんで聴きたいか自分でもわかっていなかったことに気づく。

 はじめはどこから声が聴こえてくるんだろうと興味を持って。次は小さな男の子が歌っていたから。

 今、聴きたい理由はいったいなんだろう?


「こう……傷んだ心にすーって入ってきて癒されたから聴きたいのかなぁ」

「傷んだ心、ですか。僕の歌がお姉さんの役に立ったのなら嬉しいです」


と、彼は初めて私に対して笑顔を向けてくれる。笑うとさらに可愛いじゃない。


「で、なんでキミはここで歌ってるの?」

「誰もいなく、真っ暗な場所で歌うのは落ち着くからです」

「家だとそうそう歌えないから、ここなのね?」

「そういうわけでは。家には防音の部屋があるから歌うことはできますが」


 一瞬暗くなった表情を見て私はそれ以上聞くことはせず、話の流れを変えようと考える。

 そう、話題は歌だ。さっきのような綺麗な声を聴きたいから。


「そっか。それじゃあ、心が癒される歌をひとつお願いするわ」

「なんでそうなるんですか」

「別にいいじゃない、減るもんじゃないし」

「僕の精神力が減ります。……まぁ、いいです。聴いたら帰ってくださいね」

「うん、帰る帰る」

「では、さっき練習してたのと同じのを」


 そう言うと彼は深呼吸し、最初に歌っていたときと同じように湖へと体を向け真剣な表情になった。


「Amazing grace how sweet the sound」


 彼は静かに歌いだす。美しい声をあたりに響かせて。


「That saved a wretch like me」


 英語力がない私には歌詞の言葉はよくわからないけど、彼の歌をじっと静かにして聴き続ける。


「………Was blind but now I see」


 彼は私に感動の気持ちを残し、歌い終わった。

 歌が終わっても彼の歌声が私の耳へと残り続ける。


「すごいね」


 私は笑顔で小さく、けれどもたくさんの感謝と感動を込めて拍手をする。


「まだ練習中ですから、聞き苦しくなければよかったですけど」

「ううん、とってもよかったよ。素敵だった」

「それほど素敵というものじゃ……」


 男の子はほんのりと顔を赤くし、私から顔をそむけて恥ずかしそうにする。

 その恥ずかしがりかたが歳相応っぽく、かわいくてたまらない。


「君のおかげでこんな寒くて殺風景な場所だけど、心が暖かくなってきた感じだよ」


 冷たい夜風と寒い気温。それらがあっても、私は穏やかな気分になってくるけど、ふと疑問に思ったことがある。

 男の子はなんで、こんなとこで歌っているんだろうって。


「ねぇ、君はなんで歌を歌っているの?」

「練習のためにですけど」

「歌う理由が気になったの。」

「……そうですね」


 彼は一瞬、考えるような仕草をして夜空を見上げるけど、すぐに私へと視線を戻した。


「歌は辛いことを忘れさせてくれるじゃないですか」

「辛いこと?」

「ええ。歌っているあいだは、何もかも忘れることができて、心がすごく穏やかになるんです」


 そう言って、とても穏やかな笑顔を私に向けてくれる。

 あまりにも穏やかなその笑みに、苛立ちを覚える。さっきまではこの子の歌に感動したけれど、それとは別だ。

 これは嫉妬だ。

 私にはやっている最中に忘れることができるものなんてないし、心が穏やかになった時なんて滅多にない。

 なのに、私よりずっと若い子がそういう気分になれることがうらやましかった。


「なんで、こんな寂しいところで、そんなにも楽しそうに歌えるの?」


 意地悪そうに言ってしまった言葉に私は自分自身を嫌悪する。本当はこんな意地悪なことを言いたくなかったのに。

 彼は私が言ったのをまったく気にするようなことはなく、こう言った。

「だって、世界はこんなにも綺麗じゃないですか」


 そう言った男の子は、手を広げて夜空を見上げた。

 私もその視線が向いている先を見上げる。

 まんまるな月が出ている空。強い月明かりと、強く輝く星が見える夜空。


「綺麗……?」

「はい!」


 視線を戻すと、男の子は私へと笑顔を見せてくれた。

 それは純真無垢で、私にはそんなふうに明るく笑顔になれない。ただ、夜空が綺麗と思っただけで。

 でもそれがなんだかおかしく感じた。

 言われてみると世界は、夜空は美しく、すぐ近くに綺麗なものがあるのに見上げることもしなかった私がバカバカしく感じる。

 この子のように良さを感じるというは自分の気持ちを素直に感じ取ればいいんだってことを理解して。


「………あ、あはは! あー、おかしい。うん、おかしい」

「いきなり笑うなんてひどいじゃないですか」

「ごめんごめん。君のことじゃなくて、私自身がバカだったなぁって気づいたのよ。それで笑ったの」


 それは終わってしまった恋への未練が少なくなるほどに。

 少しの間は失恋でショックを受け続けるけど、世の中の見方がちょっと変えられたことを嬉しく思う。

 私の笑い声が段々と収まると、私と男の子はどちらが言ったでもなく、静かに揺れる水面を眺める。


「静かだね」

「ですね」

「寒いね」

「ですね」

「さっきから同じことしか言ってなくない?」

「どう返事をすればいいんですか」



 なにか気のきいたことを、いや適当にかっこいい言葉でも言ってくれればいいんだけど。

 まだ幼い男の子にはかっこいい言葉を求めるのは無理か。


「私、誕生日なのよ。今日」

「突然ですね」

「ええ、突然よ。君とは会ったばかりでも祝って欲しいの」


 男の子は一度夜空を見上げたあと、私へと困ったような笑みを向けてくる。


「えっと……大人の女性に年齢は聞かないほうがいいんですよね?」

「その言葉は心の中で思ったほうがいいわよ。そうしたら女性にもてるようになるわ。まぁ君にならいいけど。ちなみに私は今日で22歳よ」

「今のような話のあとだと言いづらくはありますが、誕生日おめで―――っくしゅん」

「あ、ごめんね。寒いところで話だけすると風邪引いちゃうよね」


 寒いところで体を動かさないでいたら、お互いに熱を出してしまう。

 これ以上話をするのはダメだと思い、帰ろうと考えるもなんだか別れたくない。


「君はここでよく歌っているの?」

「週に何度かは同じような時間に来ていますが、それがどうかしましたか?」


 この質問を聞いた私は気が向いたら仕事帰りにここを通ろうと考える。または休日にでも。

 それほどに私は歌と男の子自体に魅力を感じたから。

 だからといって小さい子が大好きというわけではなく、1人の人間として内面に興味を持ったからだ。そう、内面だ。


「ちょっと気になっただけだから、気にしなくていいよ。さて、私はもう帰るかな」

「帰り道には気を付けてくださいね」

「君もだよ。私よりも自分の心配をしなさい」


 とても女性に対して気配りができている子が微笑ましく、ついつい頭をなでてしまう。

 頭をさわってから突然やったのは嫌がられるかなと思ったけれど、私にされるがまま身を任せてくれたのだから悪くはない気分に違いない。

 あぁ、若い子の髪ってすべすべして気持ちいいなぁ。

 そんな名残惜しい気持ちを感じながらも手を離し、背を向けて歩き出す。

 けれどもすぐに足を止め、振り返る。


「また、ここに来ても、いい?」

「いいですよ。僕もあなたの話すのは楽しいですし。でも歌っているときは相手ができませんが」

「それでいいわ。また会うことがあったらよろしくね」


 また来てもいいと言われ、嬉しくなった私は気分が良くなりながら歩き出す。

 今なら家に帰っても寂しくない気分で今日を過ごすことができるなと思って。



「あ、待ってください。まだ言ってなかったことがあったので」

「なにかしら?」


 その言葉に足を止めて振り返ると、男の子は今まであった中で一番の笑顔を向けてくれていた。


「誕生日、おめでとうございます」


 そんなシンプルだけれど、とても素敵な言葉を私に贈ってくれた。


「ありがとう」


 と、私は自分でも男の子に惚れそうなだなぁと感じながらも自然に浮かんだ笑顔で言葉を返す。

 それから私たちはさよならの挨拶をし、同時に帰るために歩き出す。

 来た道を戻りながら見る月と夜空は変わらず今も美しく、夜風はこんなにも寒いけれど、寒いからこそ綺麗な月が良く見えて幻想的に思える。


 そんな誕生日に会った今日、私は悲しいけれども嬉しく素敵なことに出会えた。

 それはとても小さな幸せ。恋人でもなく友達になったわけでもない。時々会えるかもしれない知り合いの、小さな男の子。お互いの関係性は薄いけれども、私はこのおかげで頑張って生きていける。

 この小さな幸せは家に帰ってからも何日か思い出し、笑みを浮かべる。

 また、あの子に会った時は次にどんな話をしようかなんて思いながら。


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