誰にも見えない老婆
その日はいつも通りベルに薬草を売り、そしてロザリタから火の石を購入した。
火の石とはそこら辺に転がっている石に、火の魔力を込めているものだ。石は主に焼く、煮る、そして風呂の湯を沸かす時に役立つ。
夜、夕食も食べ終えやることもなくベッドでゴロゴロ、エリンは村人に借りたのか読書をしている時だ。ドアがノックされた。
ダイニングチェアーに座っていたエリンと目が合う。
その間に、もう一度ノック。エリンの目が行けと言っている。ミチルが首を振る、彼の視線が鋭くなった。
「エリン出てよ」
足音をたてないようにそぅと歩く。ドアに耳をつけるが気配は感じず、虫の声しか聞こえない。
「馬鹿を言え、ここはお前の家だろう」
「こんな時だけ……」
「何か言ったか?」
こんのクソガキめ……
睨むがエリンは知らんぷりで、読んでいた難しい書物に視線を戻した。
「どちら様?」
声をかけるが返事がない。エリンを見る、視線は合わない。
ドアを開ける勇気などなく、ミチルはベッドに戻った。冷ややかな視線が届くが、気づかないふりをした。
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次の日から村に見たことない老婆が現れた。
もう汗も出る季節だというのに、その老婆はフードつきのマントをすっぽり被って、杖をついて歩くという不審者ぶり。
しかし村人が気にしていない様子を見ると、老婆もここに住んでいるのだろう。
話したことはない、ただ、日に何度も目撃する。
ベルやロザリタにだって、頻繁に会うことなんてないのに。
ある日、老婆が話しかけてきた。
なんてことはない、作りすぎた料理や魔法の石のおすそわけだ。
見知らぬ人間の手料理には躊躇したが、エリンはいつもより多く食べた。
これはあのフードのおばあさんに貰ったものだと伝えたら、誰だと返ってくる。
数日前からいる人だと伝えても、怪訝な顔をされた。
二人で村を歩いていたときや薬草取りをしていた時も、老婆は姿を見せたはずなのに……。
不思議に思いベルやロザリタ、村人にも聞いたが、ミチル以外に老婆を知る者はいなかった。