第三王妃が言うには、こうである。
エリンはその夜、眠るまでに時間がかかった。
この異様な村のことはもちろんだが、朝の、ベルの一件だ。
あれについてはミチルに伝えるのはやめておいた、また不安要素が増えるだけだ。
隣で眠るミチルは身長も手足も長いけれど、結構な小心者で、今だってエリンの服の裾を掴んでいる。
その顔に一人で寝ていた頃のような苦悶の表情はなかったが、眉は下がりきっている。
月明かりに照らされたミチルの額にキスをひとつ落とし、エリンは目を閉じる。やっと、睡魔が訪れたようだ。
夢には、母親―エリーティカ―が出てきた。ただの夢ではない、これは魔法だ。魔法による夢の会瀬は、他者に知られずにコミュニケーションをとることができる。
エリーティカは言った、この夢はミチルにも見せていると。
周りを見渡したが、ミチルの姿は見えない。どうやら、影からこっそりこちらを窺っているようだ。
白い空間は何もないはずなのだが、今夜は幾重に重なる白いカーテンのようなものが、風もないのに揺らめいている。
どこからか、「そうめん干してるみたい」と聞こえる。ミチルの声だ。
ミチルへの感謝やこちらでの生活など、矢継ぎ早に訊ねるエリーティカの顔は、疲れきっていた。
少し痩せたようだ、手首など以前から細かったが、今では折れてしまいそう。エリンはそっと目を閉じた、涙がこぼれ落ちてしまいそうだったからだ。
「占い師様がいらっしゃいます」
「げっ、あのババァ……いてっ」
先ほどの熱いものはなんだったのか、エリンはげんなりする。エリーティカが言う『占い師様』とは、彼女の夢にしか出てこない人物で、エリンは見たことはない。
しかしその気配はずっと昔から感じていて、生意気な口を叩けばどこからか鉄拳制裁が飛んでくる。今だってそうで、エリンは頭のこぶを擦った。
「ミチルさん、あなたには感謝しかありません。これから十年、エリンをどうぞよろしくお願い致します」
エリーティカは地に膝をつき、両手を胸の位置で組む。すると緑色の魔方陣がエリーティカを囲む。彼女の瞳と同じ色だ。
風が、長いブロンドと巻き上げる。
「ちょっ、ちょっと待って!待ってください!十年って何!?」
強風に立っていられないミチルが、這いつくばっている。どうにかこうにかエリーティカに近づこうとしているようだがこの強風だ、飛ばされないようにするだけで精一杯。
「お二人とも、またお逢いしましょう」
突風が吹く。風が止むと、エリーティカの姿はなかった。
「こ、これは王命である」
エリンも、十年とは知らなかったようだ。