エリンがやって来た
その夜ミチルは一人、自宅にいた。
もちろん元いた場所ではなく時間が狂った村の、ミチルの家だ。
ここはきっと、日本ではない。地球のどこかでもない。
違う世界に飛ばされたのだと、ミチルは悟った。
今頃昼のワイドショー、夕方のニュースはすべてミチルの報道、そしてSNSは大荒れなことだろう。
中学二年生の少女、防犯カメラ映像から突如消える
家族仲はそれほど良くは感じませんでしたけどねぇ、怒鳴り合う声が聞こえてましたから。
隣に住むおしゃべりおばさんの声が、鮮明に聞こえた。
両親は心配しているだろうか、弟とは喧嘩ばかりだったが、少しは寂しいと感じてくれているだろうか。
クラスメートは?学校の先生、スイミングスクールのコーチは?
硬いベッドの上で流れる涙をそのままに、ミチルは眠りについた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
おかしな夢を見た。とても綺麗な女性だった。
その人はうずくまり、その腕の中にはミチルの弟と同い年くらいの男の子を、強く抱き締めている。
そしてこう言うのだ。
どうか、どうかこの子をお助けください。このままではこの子は殺されてしまう!
鈴が鳴るような美しい声はしかし、悲しみと焦りに満ちている。
不思議な空間に、女性の嗚咽が響く。
それはなにもない真っ白な空間に響き渡り、ミチルは酷く心打たれた。
だから言ってしまったのだろう、それにこれは夢だし、なにも考えずに感情に任せてしまった。
「わかった、その子と一緒にいるよ」
女性はミチルを見つめ、感謝を告げる。
涙で目が真っ赤になった女性がなんだかとってもかわいそうで、無愛想な男の子には目をつぶることにした。
そう、これはただの、変な世界に来てしまったストレスによる、変な夢だったはずだ。
しかしなぜ、夢の中の男の子が目の前にいる?
「今更放り出すなど何を考えている!これは、王命である!」
彼の名を、エリンという。