10話
一日遅れました!よろしくお願いします。
創立記念パーティーも終盤に差し掛かり、アルヴィスはエリナの傍を離れる。来賓として用意された席へ戻り、改めて会場を見回した。そこからは、男女で親し気に会話をしたり令嬢同士、子息同士で固まって団欒したりと学生たちは思い思いの時間を過ごしていることがわかる。昨年のようなことが起きる様子はない。否、昨年がおかしかっただけでこれが本来の姿だ。
他の来賓らと言葉を交わし、アルヴィスはその場から退場した。この後もパーティーは続くが、王家からの来賓であるアルヴィスが居たのでは、学生たちもどこか緊張感を抱かずにはいられないだろう。傍にいるディンに目配せをすれば、近衛隊が動く。アルヴィスが居なくなれば、近衛隊もこの場にいる必要はない。会場を後にし、用意された馬車へと乗り込もうとすれば、見送るために学園長を始めとした教師たちが整列していた。
「学園長、皆さん」
「王太子殿下、本日はわざわざのご参加ありがとうございました。本当に、感謝いたします」
「私の方こそ楽しませていただきました」
来賓としてだけでなく、エリナと共に過ごす時間も得られた。そして、エリナが友人たちと語らう姿も見ることが出来たのだ。参加するに見合うものは受け取っている。十分に意義がある時間だった。そう伝えれば、学園長も目元に皺を作る。
「殿下も、良き出会いに恵まれたようです。不敬かもしれませんが、私はとても嬉しく思います」
アルヴィスも学園の卒業生だ。更には幹部生徒でもあった。学園長との関りは、他の学生たちよりも多かっただろう。記憶に残っていても不思議ではない。そして、当時のアルヴィスの状態は決して良いとは言えなかった。当たり障りない程度にやっていたという自負はあるが、特に貴族令嬢に対しては忌避感を抱き関わりを避けていた節がある。そんなアルヴィスが、婚約者とはいえ貴族令嬢であるエリナと良好な関係を築いているのだ。学園長が何かを感じても仕方ないだろう。
「ありがとうございます、学園長」
「これから先、殿下が征かれる道は険しくなるやもしれませんが、非力ながらも学び舎からお祈り申し上げます」
深々と頭を下げる学園長に、アルヴィスは困ったように苦笑する。更に、学園長に倣うように教師らも頭を下げた。許可しない限り、彼らはこのままだ。居心地の悪さを感じてしまうのは、学園という場所のせいなのかもしれない。
「学園長、そして皆も……その心に感謝します。では、私はこれで」
いつでも動けるように準備された馬車へと乗り込むと、そのままアルヴィスは学園を後にする。馬車が遠くへ行くのを感じてから、学園長らは頭を上げた。去った先を眩しそうに見つめながら、学園長はため息を吐いた。
「……あのお方はどこを間違ってしまったのでしょうね」
「学園長?」
「いえ、なんでもありません。さぁ、もう一仕事しましょうか」
学園から王城へと帰還したアルヴィスは、その足で謁見の間へと向かった。今回のパーティー参加は来賓として出席したこともあり、公務の一種である。まずは報告をしなければならない。謁見の間入口にいる衛兵がアルヴィスを見るなり、その扉を開けた。
「ん? おぅ、アルヴィス戻ったのか」
「只今戻りました、陛下」
謁見の間は、公的な場。ここでの身分は、伯父と甥ではない。あくまで国王であるので、王太子であっても礼儀は弁えなければならないのだ。
入口で軽く腕を折って礼をすると、王座の近くまで歩み寄る。そしてその場に膝を突いた。
「首尾はどうであった?」
「問題はありません」
問題など起きようはずもない。貴族間では、婚約についての意味を改めて教育している。家同士の約束事を、当事者であろうとも勝手に破棄することは、将来の道が無くなることと同義だ。良くも悪くも貴族として育ってきた彼らが、己の力だけで生きていくのは簡単なことではないのだから。
学生たちも、パーティーを楽しんでいた。トラブルが起きるような様子は見られず、穏やかなパーティーだったと言えるだろう。
「そうか……まさかとは思っていたが、同じようなことが続けば学園の品位も落ちる。何事もなくて幸いだった。アルヴィスもご苦労だったな」
「いえ」
「それと、例の件はどうなっておる?」
国王が示す例の件というのは、リリアンのことだ。
婚約破棄騒動、修道院からの脱走、そしてアルヴィスが負傷した襲撃。これがリリアンが直接関わったとされている件である。十分極刑に値する内容だ。無論、周囲でもそうすべきだという声が圧倒的に多かった。
そのリリアンだが、彼女は今も生きている。騎士団預かりとなり、下女という形で。使用人の服装をしているが、その奥には罪人を示す首輪が付けられていた。この首輪には、偽りを告げれば麻痺毒が刺さるという機能が付いている。仕込みをしたのは、他ならぬアルヴィスだ。マナの精神面については、この城にいる誰よりも長けているのがアルヴィスだったからである。そうして施された処置にリリアン自身は不満気にしていたようだが、拒否すればその場で極刑にされるだけである。生きるか死ぬか。その選択肢を提示されれば、大半の人間は生きる方を選ぶ。リリアンもそうだっただけだ。
リリアンを生かしたのは、女神についての知識のためである。空いた時間にアルヴィスも文献を読み耽っているものの、リリアンの言についての裏は未だ取れていない。彼女が嘘を言っていないことはわかっているが、それが真実かは定かではないのだ。一人の人間の言葉に左右されるわけにはいかない。それが彼女の言葉なら尚のこと。
「未だ己の境遇には不満があるそうですが、こちらの質問には虚偽を話している様子はないということです。ただ、どの話も荒唐無稽ですが」
「戦争が始まる、という話は本当なのか?」
「彼女の言葉が正しいならば、ということです。現状、法国も含めて大きな動きはありません。強いて言うなら、マラーナくらいです」
建国祭での出来事。こちらからの抗議をしたものの、あちらは王女の独断であることを通し、それ以上は認めようとしなかった。王女を廃嫡し、下女にする。王太子も廃嫡し、弟王子を立てるという。更には、建国祭に穢れを持ち込んだとして賠償金を払うとまで言ってきた。これを拒否することは、ルベリアにも難しい。結局、受け入れざるを得なかったというのが本当のところだ。
「あそこ、か……斥候からの報告は上がっているが、きな臭いことばかりだな」
「同感です。しばらくは注視するべきかと」
「あぁ……」
隣国というのは味方であれば安心できる存在だが、一度敵に回すと厄介な存在となる。隣接している地域は、常に緊張感を持たねばならなくなり、精神的なストレスが増えるだろう。現時点では、敵国とみなすことはできないが、友好国とは最早言えない。
他国へ使者を向けてみれば、同様の返答が返ってきている。この状況でマラーナがどう出るか次第で、情勢は容易に変わるだろう。




