8話
遅くなってしまってごめんなさい。
三回ほど踊ったところで、エリナとアルヴィスはその場から下がった。その手は繋がれたまま、軽食が置かれているテーブルまでやってくると、ちょうどそこはアルヴィスの妹であるラナリスらがいる場所だった。ラナリスのエスコート役は、兄であるマグリアが務めると聞いていたのだが、傍に姿はない。
アルヴィスたちに気が付いたラナリスは、共に話をしていた令嬢たちに断りを入れると、こちらへとやってきた。
「久しぶりだな、ラナ」
「お久しぶりです、アルお兄様」
ここは学園内。本来ならば、公爵令嬢と王太子としての立場で話をしなければならないが、公的な場ではないので不要だ。だから、アルヴィスは兄として声をかけたのだ。声をかけられたラナリスは、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「エリナ様もこうしてお話しするのはお久しぶりですね」
「そうですね。お久しぶりです、ラナリス様」
同じ学園内にいるエリナとラナリス。だが、学年が違えば話をする機会などほとんどない。精々すれ違う程度だろう。親し気に会話をするのが久しぶりでも当然と言える。
とはいえ、こうして二人で話をしている姿を見るのは、意外にも初めてだ。
「今日の装いも素敵です。お兄様の色がエリナ様にはとても似合っています」
「ありがとうございます。ラナリス様にそう言っていただけると、嬉しく思います。ラナリス様も、とても素敵ですね」
「ありがとうございます、エリナ様」
深緑色のドレスに身を包んだラナリスと笑い合うエリナの姿に、アルヴィスは微笑ましい視線を向けていた。ラナリスがこの色を選んだのは、パートナーがマグリアだからだろう。身内がエスコート役の場合、色を合わせてくるパートナーは多くない。合わせた方が見栄えはするというだけで、それ以上の意味はないからだ。
「ラナ、兄上は?」
「マグリアお兄様なら、一度だけ踊ったあと先生方のところへ行ってしまいました。お義姉さまのご友人の妹さんを探しにいくと仰っていましたが」
「義姉上の?」
マグリアは勿論、妻のミントは貴族令嬢なので学園の卒業生だ。教師陣に知り合いがいるのは当然である。だが、友人の妹となれば範囲は狭まる。貴族令嬢で若くして教師についている者はほとんどいない。アルヴィスが知る中では一人だけだった。
「アネット嬢か……」
「お兄様、ご存知でしたの?」
「いや。だが、義姉上の友人の妹。更に働いているということは俺と大して変わらない年齢ということになる。同年代で学園の教師をしている人間で思い浮かぶのは彼女しかいないからな」
「まさかとは思いますけど、ビーンズ先生とお兄様は親しいご関係でした?」
少しだけ責めるような視線が含まれているのは間違いではないだろう。アルヴィスから女性の名前が出てくること自体が、そう多くはないのだから。在学時に、女性たちからそういう視線を受けていたことは間違いない。恐らくラナリスもそれは知っているのだろう。だが、アネットがアルヴィスに近づいてきたという事実はなかった。誤解をしている様子のラナリスに、アルヴィスは苦笑しながら話す。
「そういう言い方は、彼女に失礼だ。学生時代のクラスメイトだっただけだ」
「クラスメイト、ですか」
「あぁ。尤も、在学時はさほど会話をした記憶はない。面と向かって会話をしたのは、学園を案内された時くらいだな」
クラスメイトと言っても、全員と会話をしているわけではなかった。アルヴィスからすれば、当時は女性を避けていたこともあり、アネットとも単なるクラスメイトでしかないのだ。だから、学園に教師として働いていることを知った時は本当に驚いた。向こうは、名前を憶えていることに驚いていたようだが。
ラナリスが誤解をするということは、エリナにもその可能性があるということだ。アルヴィスとしてはやましいことは何もない。それでも、言葉にしなければ伝わらないことはある。婚約者であろうとも、過去のことであっても不安になることはあるのだと。ただでさえ、ここのパーティーでは苦い思い出があるのだから。
「アルお兄様がそう仰るのならそうなのですね。よかったですね、エリナ様」
「ラナリス様……はい、ありがとうございます」
エリナは素直に礼を言う。ラナリスと同様、アルヴィスの言葉を疑ってはいないようだ。信用されているのだろう。
「そういえば、学園でのことを聞くのは初めてです。お兄様は学園でのお話をあまりしてくださらなかったので、ちょっと新鮮に感じました」
「まぁ、わざわざ話すこともないだろ」
「マグリアお兄様は、色々とお話ししてくれましたよ」
ラナリスは学園に入学するにあたって、注意事項も含めてマグリアから色々と教えられたらしい。貴族令嬢として社交界で生き抜くための事前段階といえる場所が学園だ。公爵令嬢だからと、偉ぶっていても皆は付いてこない。遜り過ぎてもダメだと。マグリアが学園で実践してきたことをラナリスへと教え込んだらしい。その話を聞いて、アルヴィスは額に手を当ててしまった。
マグリアは見た目は好青年でお堅い印象で、教師受けもいい。外面も完璧だ。だが、中身は決して好青年ではない。腹黒い部分が多いことは、弟であるアルヴィスはよく知っている。それをラナリスにはやってもらいたくはないのだが。
「……兄上を参考にするのは、ほどほどにしてほしいが」
「何をほどほどにしてほしいのかな、アルヴィス?」
気配を消しながら後ろから近づいてきたのは、当人である兄のマグリアだった。
次回は予定通り月曜日に投稿するつもりです。頑張ります!!




