5話
それから二か月後、学園創立記念パーティーの日を迎えた。
学園の一行事ではあるが、昨年のこともあり学園側の力の入り様は例年以上だ。参加者も例年より多くなるため、今回は中庭も開放することになっている。
来賓の一人であるアルヴィスは、最早着慣れつつある礼服へと着替える。赤を基調とした色合いは、無論エリナの髪の色と合わせたものだ。学園のパーティーとはいえ、参加者は学園の制服での参加ではない。これも社交界の一種だと、パーティーにあった服装を求められる。社交界ならば、婚約者の色を纏うのは牽制や独占欲を示すもの。今回アルヴィスが来賓にも拘らず、エリナの色を纏っているのは二人の関係を改めて周囲に示すためでもある。
「アルヴィス様、お時間です」
「わかった。今行く」
呼びに来たエドワルドと共に、アルヴィスは部屋を後にする。城から出て向かうのは、本日の主役である今年度卒業生の一人、エリナだ。エスコート役が相手の令嬢を迎えに行くのも、貴族の間では常識。その相手が王族であれば、身内に頼むこともあり得ない話ではないが、昨年ジラルドはエリナを迎えには来なかった。その上、別の女性をエスコートする始末。今年も同じようにエスコート役を身内が行えば、周囲は疑念を抱くかもしれない。少々神経質気味になっている国王からも、エリナを伴って向かうようにと言われていた。尤も、国王に言われるまでもなくアルヴィスは迎えにいくつもりだったのだが。
馬車がリトアード公爵家へと到着すれば、直ぐに着飾ったエリナが出てくる。水色にところどころ金色が見えるのは、アルヴィスの髪色を意図的に入れているからだ。アルヴィスは王族でも多く見られる色である金髪だが、金色を基調とする衣装など目が痛いだけで貴族令嬢が纏う色ではない。王族ですら纏うことはない色なのだ。そのため、相手の色を入れるのならばところどころに装飾として差し色程度に入れることしかできない。どのように入れるのかは、デザインをする職人の腕にかかっている。
派手過ぎずそれでもアルヴィスの色を取り込んだドレスは、エリナにとてもよく似合っていた。パーティーということだが、建国祭の時よりも大人しめに飾り付けられている。学園の行事ということを重視した結果だろう。ドレスも装飾品も用意をしたのはアルヴィスだが、こうして着ている姿を見るのは初めてだ。あまりにも似合っていて、アルヴィスは一瞬声を失った。
「アルヴィス様、お待ちしておりました」
「……あぁ。待たせたな。……よく似合っている」
「ありがとうございます!」
花が綻ぶような笑みを浮かべるエリナへアルヴィスも笑みを返す。
エリナの後ろには、リトアード公爵と夫人。エリナの両親が揃っていた。貴族令嬢をエスコートする場合、屋敷に迎えにいけば当然令嬢の両親が出迎えてくれるもの。ある意味お決まりのことだった。だが、アルヴィスがこれをするのは初めてである。令嬢をエスコートするために、屋敷へ迎えに行くことも勿論だが、相手の両親に断りを入れるのもだ。
アルヴィスは、騎士礼を執って二人の正面に立つ。一瞬、リトアード公爵が眉を寄せたことには気づかない振りをした。
「公爵、それに公爵夫人。ご令嬢をお預かりする」
「どうぞよろしくお願いします、殿下」
「お願い致します」
頭を下げる二人に軽く目礼すると、アルヴィスはエリナへ手を差し出す。重ねられた手を緩く掴むと、そのまま馬車へと連れ立っていった。
リトアード公爵家から学園までは、馬車でさほど時間はかからない。緊張しているのか、エリナは馬車の中ではじっと黙ったままだった。学園の目の前まで来たところでアルヴィスは声をかける。
「エリナ、どうかしたのか?」
「あ……いえ、何でもありません」
アルヴィスを見て、エリナは何かを言いかけたものの告げることなく口を閉じる。そこにあるのが遠慮ではないことは、アルヴィスにもわかった。
「ジラルドのことか?」
「っ……」
「思っていることがあるのなら言ってくれればいい。何を言われても、ここには俺しかいない」
「アルヴィス様……」
ジラルドの名に反応したということは、昨年のことだろう。だが、アルヴィスにもそれ以上のことはわからない。エリナが考えていること、思っていることがわかるのはエリナだけなのだ。
「少しだけ、思い出してしまったのです」
「思い出した?」
「昨年、私は一人で学園に向かっていました。会場へも一人で向かいました」
公爵令嬢としての矜持がエリナを会場へと向かわせてくれていた。だが、そこで待っていたのは、ジラルドによるエリナを断罪するかのような発言だった。罵倒され、己を否定された場所。今年のパーティー会場も、同じ場所だった。こればかりは仕方ないことだ。エリナも理解しているという。だが、頭で理解できるのと心で受け入れられるのとは違う。
「わかっていても、あそこへ向かうのが不安なのです」
「エリナ……」
「アルヴィス様がジラルド殿下と違うのはわかっています。同じようなことが起こるとは思っていません。ですが、それでもどこかで考えてしまうのです。申し訳、ありません」
「謝る必要はない。君が傷付いたのは、王家の責任でもある。それに……まだ一年だ。身体とは違い、心の傷は簡単に治るものじゃないからな」
「はい……」
どこか自嘲気味に話すアルヴィス。頷いたエリナだったが、俯いていたためその時のアルヴィスの表情には気付いていなかった。