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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第一部

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4話

 

 アルヴィスは王太子であり、エリナは公爵令嬢。護衛がいるといっても、そう色々と歩き回ることは出来ない。ガイの店を出た後で二人がやってきたのは、学園の裏手にある丘だった。ここはいわゆるデートスポット的な場所であり、学生たちは元より学園近郊に住む住人からも有名な場所だ。アルヴィスは勿論、エリナもそのことは知っている。


「ここ……」

「ありきたりではあるが、遠くに行く時間もないからな」


 丘の上から街並みを望めば、夕日が建物を赤く照らしている。歩いて見える景色とはまた違った情景に、アルヴィスは懐かしさから笑みを漏らした。


「久しぶりだな、これも」

「アルヴィス様は……ここに来たことがあるのですか?」

「あぁ。といっても、学生の時だ」

「そう、ですか」


 少し沈んだような声に、アルヴィスはエリナの方を振り向く。ゴホンっと咳払いが聞こえて、アルヴィスが視線を向けるとレックスが小指を立てていた。それが意味するところを理解する。恐らくエリナは、アルヴィスが誰か別の女性と来た時のことを思い出していると思ったのだろう。


「エリナ、誤解をしないでほしいのだが俺はここに誰かと来たことはない」

「えっ?」


 驚きに目を開き、アルヴィスを見上げるエリナに苦笑しながら答える。女性は元より、誰かと来たことは一度もないと。


「ではどうして?」


 その疑問は尤もだ。一人でここに来る人など、滅多にいない。デートスポットとして有名な場所に、一人で来れば必ず浮いてしまう。そうそう一人で来ることは選ばないだろう。


「……たまにな、息抜きをしたくなった時に来ていたんだ。今よりも遅い時間の時もあった。夜の時もな」

「夜、ですか?」

「昼間や夕方は、人が多い。彼らの邪魔はしたくなかったからな」

「ですが、それは門限が――」


 門限を考えれば、夜に来られるはずはない。学園の門は閉まっているし、寮の出入りも警護の人たちが立っているため、抜け出すことも出来ないだろう。


「人がいるのは基本的に扉の前。それ以外は見回りしている程度で、同じ場所にいるわけじゃない。何年も通っていれば、大体のパターンは読める。抜け出すことはそう難しくないんだよ」

「抜け出していたのですか?」

「気配を消すのは得意だったからな。バレたことはなかった」


 バレていたら問題児となっていたことだろうが、生憎アルヴィスは優等生のまま卒業している。夜中までいたこともあると話せば、後々レックスらから告げ口をされる気がするので黙っていた方がいいだろう。

 今アルヴィスらが立っている近くには、大きな木がある。かなりの高さを持っている太い木だ。この上に登れば、人目に映ることはまずない。景色を見に来たのだ。木の上を見上げる人などいないのだから。


「だから、誰かとこうしてこの場に立つのはエリナが初めてだ」

「っ……私も初めて、です」

「そうか」


 エリナが来たことないのは想像するに難くない。ジラルドの婚約者であった彼女を他の人が誘うわけがないし、ジラルドが連れてくることもないだろう。だが、以前に二人で出かけた時の様子を見ると、エリナは他の学生たちが当たり前にしていることに憧れを抱いているように思えた。恐らくは未来の王太子妃、公爵家令嬢という型にはめられて、そこから逸脱するような行動はしてこなかったのだろう。加えて、婚約者がいる令嬢ならばしている最低限のことさえも、エリナはしてもらえなかった。だから、少しでも喜んでもらえたならいいとアルヴィスはここへと連れてきたのだ。


「ありがとうございます、アルヴィス様。私、実はとても憧れていたのです」

「……憧れ?」

「はい。本を読んで、幼い頃に私もいつか好きな方とここへ来てみたいと。でも、王族の方と婚約することになってそれは叶わないと諦めていたのです」

「エリナ……」

「だから、本当に嬉しいのです。まさか、アルヴィス様とここに来られるなんて」


 この丘は、絵本の題材にもなっている場所だ。絵本の中では、王子様とお姫様が恋人として誓いを交わすシーンで使われている。幼少期に憧れる女性は多いだろう。アルヴィスの妹も、エリナと同じようなことを話していた。

 目に涙を溜めているエリナ。諦めていたからこそ、余計に嬉しかったのだろう。その時ふと、アルヴィスの脳裏に昔のラナリスとのやり取りが浮かんだ。

 意を決したアルヴィスは、レックスらに視線を向ける。すると、レックスたちは丘から降りていく。護衛として完全に離れるわけにはいかないため、エリナから見えない程度までしか離れることはしないが、今はそれでも十分だろう。レックスらの位置を確認すると、アルヴィスはエリナの手を取ってそっと抱き寄せた。


「ア、アルヴィス様⁉」

「……あと数ヶ月で、君はただの令嬢ではなくなる。こうしてここに来ることも出来なくなるかもしれない」

「は、い。わかっています」


 王太子妃ともなれば、今まで以上に外出は制限される。自由に行動などできなくなるだろう。恐らくはアルヴィス以上に、制限されるはずだ。ここに来るのは、最初で最後となる可能性もある。

 少し距離を空け、アルヴィスはそっとエリナの頬に手を添えた。


「だから、まだ令嬢である君に誓う」

「アル、ヴィスさ」


 そのまま顔を近づけると、アルヴィスはエリナと唇を重ねた。


『アルにいさま、おかのうえでキスをするとずっといっしょにいられるんだって! だからアルにいさまやくそくだよ! ラナとずっといっしょにいるって。大きくなったらおかにいっしょにいってね』


 幼い頃のラナリスの純粋な願い。それを破ることを許してほしいと、アルヴィスは心の中で思った。




 学園の門限前には戻ると約束をしているので、戻らなければならない時間だ。それに、アルヴィスもそろそろ城へ戻らなければいけない。


「……その、時間はあっという間、ですね」

「そうだな」


 学園の門前に来ると、帰宅の一報を聞いたのかサラらが迎えに来ていた。学園内といえども、薄暗くなってきたためエリナ一人で帰すわけにはいかない。アルヴィスが寮まで行くことも可能だが、もう十分だからとエリナが遠慮したのだ。


「アルヴィス様……お忙しいのに、私とのお時間を作ってくださりありがとうございました」

「いや、俺の方から誘ったことだ。気にしなくていい」

「アルヴィス様」

「じゃあおやすみ」

「おやすみなさいませ」


 アルヴィスは手を離し、サラらに頼むと目配せをして乗ってきた馬車へと再度乗り込む。そのまま学園を後にした。残されたエリナは、名残惜しそうにその手を胸元で抱えて、アルヴィスが乗った馬車を見送っていたのだった。



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