3話
エリナと共に学園を出たアルヴィスは、そのまま徒歩で学園近くにある一つのお店へと入った。いろいろなお菓子が並べられている特に女性に人気のお店である。戸惑っているエリナを余所に、アルヴィスはその手を握ったまま店に入った。すると一人の店員が話しかけてくる。
「久しぶりだな、アルヴィス。いや、もうそうは呼べないか」
「俺が勝手に来たんだ。人がいないところでは、いつも通りでいい」
親し気に話しかけてくるこの青年にアルヴィスは苦笑しながら答えた。すると、背後のディンが警戒を強めるのを感じて視線を向ける。
「ディン」
「……」
「あとで説明する」
「承知しました」
多少なりとも緩和された気配に安堵のため息を吐きつつ、問題の青年を見ると怪訝そうな顔をこちらに向けていた。何のことかわかっていないのだろう。まさか、自分が警戒されていたとは考えもしないはずだ。
「えっと、まぁとりあえずいつもの席に案内していいか?」
「あぁ頼む」
そんな青年に案内されたのは個室だ。貴族は、周囲の視線というのを常に意識しなければならない。今の立場になる前も公爵子息であったアルヴィスなのだから、当然の配慮ともいえる。エリナと向かい合う形で座ると、アルヴィスは一旦青年を下がらせた。
「エリナ」
「は、はい」
「少し驚かせたか?」
「いえ……その、はい少しですが」
一旦は否定しつつもエリナは頷く。アルヴィスがこのようなお店に来ることもだろうが、店員と親しかったのにも驚いたことだろう。見るからに、彼は貴族ではなかったのだから。
「学園の近くというのもあって多少なりとも学生たちの中では名前が挙がる店だと思うが、エリナは初めてか?」
「はい。講義の後に学園の外に出たのは初めてですし、お店に入ったこともありません。ただ、お話をお聞きしたことだけはあります」
「そうか」
お店の名前は聞いたことがあるが、実際に来るのは初めてだったというエリナ。学生たちの中でも模範となるべきという立場にいたエリナが、外遊びをする様子は想像できない。恐らくは、規則を守りきっちりとした学園生活を送っていることだろう。来たことがなくて当然だ。
「アルヴィス様は、何度も来られているのですよね?」
「あぁ。学生の頃からの付き合いだから、5年以上にはなるな」
「その、甘い物がお好きなのですか?」
「嫌いではないが、特段好きというわけでもない」
「では……」
エリナの顔が曇る。男性がこのようなお店にくる理由の大半は、女性への贈り物だ。それをエリナも想像したのだろう。甘い物を好まないのなら、なおさらだ。アルヴィスが親しい女性など、リティーヌやキアラ。そして妹たちだけなのだが、エリナは知らないだろう。
「誤解をしなくていい。俺がこの店に来ることになったのは、店のお菓子が食べたかったからじゃないんだ。勿論、贈り物として買うためでもない」
「えっ?」
「そこにメニューがあるだろ? 開いてみればわかる」
「メニュー? これですか?」
テーブルに立てかけてあるノートのようなものを、エリナは手に取った。表紙にはメニューと書かれている。アルヴィスに促されて、ノートを開き目を通すエリナ。すると、あるページで手が止まった。
「もしかしてこの軽食、ですか?」
「あぁ。といっても、色々と事情はあるんだが……友人の頼みでね」
「ご友人というと、先ほどの?」
「ガイ・セアン。この店の跡取り息子だ」
この店は、大半の客は女性でお目当てはお菓子だった。しかし、ガイはお菓子作りが苦手。そこで思いついたのが、お菓子以外のものをお店に出すことだ。とはいえ、女性たちはお菓子以外には目もくれない。ならば男性客を呼び込むしかない。そこに手を貸したのが、当時学生だったアルヴィスたちだった。
「元々友人の友人繋がりで手を貸したのが始まりだったんだが……俺は目立つからな」
「アルヴィス様がお越しになれば、騒ぎになりそうですものね」
学園在籍時から、アルヴィスは有名だった。王弟の息子を知らぬ貴族はいない。少しでも話題や接触を増やしたい学生たちは、この店を利用し始める。結果的にアルヴィスが利用する店ということで、令嬢たちの利用も増えて店は有名店となったわけだ。
先ほど店に入った時も、アルヴィスが来た途端に店内が静まり返ったのだ。ディンがにらみを利かせたからか、騒ぎ出す客はいなかったが。
「要するに客寄せだ」
「……それでよろしかったのですか? まるでそのためにアルヴィス様を利用したようにも見えますが」
「利用できるものは利用する。それがガイの信条だからな。媚を売るでもなく、面と向かって正直に俺を利用すると言ってきた奴は初めてだったよ」
高位貴族にもなると、集まってくる人々の目的は当人よりもその爵位や親の地位が目当てだ。エリナもアルヴィスも、それはよく理解している。誰もが家のためにと、アルヴィスらを称え媚び諂う。当たり前の光景だとしても、疲れてしまうのは仕方ないことだ。平民でもある程度親しくなれば、同じように利用しようとする者もいる。巧言に惑わされてしまう貴族もいるくらいだ。そのため、平民と付き合うことは良しとされていない。貴族の中では暗黙の了解だ。そんな中でアルヴィスを利用すると言いきったガイは、間違いなく異質だろう。
「ガイが求めているのは、権力や金じゃない。家を守ること。都合よく傍に俺がいたから、その目的のために使っただけだからな」
「……信頼、されているのですか?」
「そうかもな」
「かも、なのですね」
曖昧な回答をすれば、エリナはクスクスと笑う。勿論、ガイを信頼しているのは間違いない。ここ以外に、エリナを安心して連れてこれる店はなかった。アルヴィスがそう考えたのは確かなのだから。
「でも、アルヴィス様の学生時代のお話、私も聞いてみたいです」
「大して面白くはないと思うが」
「それでもいいのです。ここのお店のように、他にもアルヴィス様の思い出の場所へ連れて行ってください」
「思い出、か」
「はい!」
「わかった。約束する」
「楽しみにしています」
アルヴィスとエリナは視線を合わせて微笑むと、メニューへと再び視線を落とす。アルヴィスは軽食、エリナはお菓子を注文し、つかの間の逢瀬を楽しむのだった。
見てくださった方をいらっしゃるかもしれませんが、本作品が第6回オーバーラップWEB小説大賞の女性部門で大賞を受賞いたしました!これも読んでくださっている皆さまのお蔭でございます。
本当にありがとうございます!!
これからも、楽しんでもらえるように引き続き頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。




