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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第一部

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元同級生からの視線

 

 現在、国立学園の教師の一人として任を全うしているアネット・フォン・ビーンズは、れっきとした子爵家令嬢である。数日後には21歳ともなる年齢なので、当然嫁入り予定はない。通常、貴族令嬢は10代のうちに結婚してしまうのが普通だからだ。アネットは20歳。嫁にと望む家があるわけもなく、こうして教鞭を執るに至っている。

 そんなアネットだが、学生を相手にした教師生活に不満はない。寧ろ、充実した日々を送っているといえるだろう。元々、勉学が好きだったアネットにとっては天職だったともいえる。

 アネットの担当はマナー・ダンス、そして基礎学力だ。特にマナー・ダンスは全学生を見ている。そのこともあり、アネットは昨年の騒ぎとなった学生たちのことも知っていた。

 特に気にしていたのが、ジラルド元王子だ。現国王にとっての唯一の王子。大事に育てられてきたのか、厳しすぎたのかはわからないが、その態度は貴族子息として見ても決して良くはなかった。学園に於いてはたとえ王子であろうとも一学生に過ぎず、教師には従わなければならない。だが、ジラルドは違った。まだ若く、経験も少ないと見たのだろう。学年が違うにも関わらずダンスの時間に何度も乱入し、ある一人の令嬢の相手をしていた。何度注意しても聞き入れなかったその姿には、呆れたものだ。

 当時、学生たちは困惑していた。ジラルドには、婚約者がいたのだからその反応は当然ともいえる。ましてやその相手は、ルベリア王国の筆頭公爵家の一つであるリトアード公爵家のご令嬢。だというのに、ジラルドが共にいるのは別の令嬢。しかも下位貴族のだ。上位貴族のご令嬢たちは不満で一杯だったらしいが、当人であるリトアード公爵令嬢が何も言わないので皆が状況を見守っている状態だった。そんな中行われたのが、創立記念パーティーでの婚約破棄騒動だ。

 結果として、ジラルドを含む騒動の当事者たちは学園を退学。その後、それぞれの家の当主たちが沙汰を下したという。アネットが知っているのは、ジラルドが廃嫡されたことと貴族子息たちが家を出されたということだけだ。件の令嬢がどうなったかは、アネットにはわからない。かの令嬢よりも学園の教師たちには優先しなければならないことがあったので、それどころではなかったといった方が正しい。騒動の当事者たちを婚約者に持つ令嬢たちのケアや、他の学生たちへのフォローに忙しかったのだ。だが、今現在で婚約者を持っているのは、リトアード公爵令嬢のみ。それ以外の令嬢たちは、婚約というものに忌避感を持っているようにも見えた。家同士の約束事すら守れぬ貴族子息の姿は、彼女たちにとって忘れられないものとして残っているのだろう。

 そんなことを思い返していると、アネットから思わずため息が出てしまった。


「ビーンズ先生、そろそろお着きになられますよ」

「は、はい。ヴォーゲン先生」


 突然横から声をかけられて、アネットは背筋を伸ばした。隣にいる老紳士は、ヴォーゲン・ライナー教師。学園の長老的な存在で、アネットが学生時代の恩師の一人でもあった。そんなヴォーゲンから「先生」と呼ばれるのは数年経った今でも慣れない。


「緊張しておられるのかな?」

「そう、かもしれません」

「王太子殿下とは久方ぶりですからな」


 ヴォーゲンと二人でここにいるのも緊張するが、更に輪をかけて緊張に拍車をかけているのがこれからアネットが出迎える人物である。アルヴィス・ルベリア・ベルフィアス王太子殿下。王国の名を持つその人は、アネットの同級生でもあった。同じ教室で学んでいた当時、彼の名にはなかったその名。大きく立場が変わってしまった彼だが、アネットにとっては当時から近寄りにくい存在ではあった。

 アルヴィスという同級生は、公爵家次男でありながらも王弟の息子でもあるということから、他の貴族子息とは違う存在だった。文武両道で、身分も高かった彼は学園内でも目立っていたし、恋慕する女子学生は数知れなかっただろう。アネットもそんな彼に憧れていた一人だ。身分的にも釣り合わないアネットは見ているだけで十分だったが、中にはアルヴィスにアタックしていく学生たちもいた。その多くが、結婚相手を探していた貴族令嬢たちだ。いわゆる、優良物件という奴である。

 誰が彼を射止めるかを周囲は見守っていたが、結局彼は誰とも付き合わずに騎士団へと入隊してしまった。騎士団に入れば社交への出入りは少なくなる。そのまま独身を貫くのではと、アネットも考えていたところに突然やってきたのが、彼が立太子するという情報だ。更に、かのリトアード公爵令嬢と婚約するという。教え子の一人だったリトアード公爵令嬢が婚約することにアネットは安堵したが、同時にその相手が憧れていた彼だということで複雑な想いを抱いたのも事実だった。そもそもアルヴィスがアネットのことを覚えている可能性は低いので、想いを抱くこと自体おこがましいことなのかもしれないが。


「久しぶりと仰いましても、あの方とは同級だっただけでそれほど関わったわけではありませんから」

「それでも卒業以来となるならば、久方ぶりといっていいでしょう。殿下ならば、ちゃんと覚えておいでだと思いますぞ」

「そうだと、嬉しいですが」

「学園長とのお話の後は、リトアード公爵令嬢の元へご案内を。お二人ともあまりお会いになられていないようですからな」

「はい、わかりました」


 そうして話しているうちに、王家の馬車が到着する。近衛隊らに守られながら降りてきた彼を見て、アネットは頬が緩むのを感じていた。


「ベルフィアス様です」

「ふむ……お変わりないようで安心ですなぁ」


 身に着けている服装は王族らしいものではあるが、それ以外に変化は見られない。それは近衛隊らとにこやかに話をしている様子からも伺える。王族の一員となっても、アルヴィスの心根はベルフィアス公子であった時と変わっていないのだろう。ならば、ジラルドのような権威を振りかざす様なことはしないはずだ。それが、アネットが知る公子としてのアルヴィスの姿なのだから。


 門の前まで彼を出迎えて、学園長室へと案内する。中に入室は許されていないため、アネットは廊下で待つことしかできない。時間を見ながらアルヴィスらが出てくるのを待っていると、一時間ほどで彼らは出てきた。

 簡単な挨拶だけを交わし、アネットは上級生の教室があるフロアへと移動する。講義終了後、暫く経っているものの、少数ではあるが学生たちの姿も見えていた。その誰も彼もがアルヴィスを認めると、驚愕の表情をして固まっていく。チラリとアルヴィスを盗み見みれば、どこか困惑したような表情をしているのがわかった。


「ほんとうに、ベルフィアス様はそのままですのね」

「ん? どういう意味だ?」

「いえ、勝手ながら安堵しているだけです」


 首を傾げてわかっていない様子のアルヴィスに苦笑する。そうして歩いていると、目的地へと到着した。その教室の前に立つと、アネットはそのまま扉を開く。室内には令嬢たちが数名、一つの机の周りを取り囲んでいた。


「リトアードさん、お客様ですよ」

「アネットせんせ……っ⁉」


 取り囲んでいた令嬢たちが一斉に視線を向けたかと思うと、その中にリトアード公爵令嬢エリナの姿があった。アネットの顔を見て、次にその奥にいる人物に気が付いたのだろう。目を大きく見開き、慌てた様子で席を立ったかと思うと普段の彼女からは考えられぬほどの勢いでアネットたちの元へと駆け寄ってきた。


「アルヴィス様⁉ 先生、一体どうして……」

「学園長に用事があったから学園に来たんだ」


 アネットの代わりにアルヴィスが答えた。この時期に学園長への用事ということで、どのような内容かは把握したのだろう。彼女は落ち着きを取り戻していった。アルヴィスとエリナの二人で、にこやかに交わされる会話にアネットは驚きを隠せない。学生時代のアルヴィスは、進んで女性と会話することは少ない方だったという記憶がある。話をするときも仮面のような笑みを貼り付けていることが多かった。だが、今目の前にいるアルヴィスの表情はそのどれとも異なるものだ。ずっと、アルヴィスを見てきたアネットにはわかる。

 聞き耳を立てることも出来ずに少し距離を置いて二人を見守っていると、アルヴィスがアネットへと振り返った。


「ビーンズ先生、エリナを借りても?」

「え、えぇ。ただ、寮の門限だけは守ってくだされば」


 令嬢ではなく教師としてのアネットを気遣ったのか、アルヴィスは先生と呼んだ。ここにいるのは学生たちで、アネットの教え子だ。その前で令嬢扱いは失礼だと感じたのかもしれない。相変わらず空気の読めるお方だと、アネットは感心した。


「勿論それは厳守する。少しだけにはなるが、エリナいいか?」

「はいっ!」

「歓談中すまないが、少しだけエリナを借りていく」

「「は、はいっ」」


 最後は、教室で彼女を取り囲んでいた令嬢たちに向けての挨拶だ。言葉を向けられた彼女たちは、勢いよく立ち上がり半ば反射的に返事を返す。

 そしてエリナは、サッとアルヴィスが差し出した手を取り、アルヴィスと並んでアネットらが来た道を戻っていった。アネットへと軽く会釈をしたのち、護衛の人たちも後を追う。

 一方、教室内ではただ茫然と立ち尽くす令嬢たちがいた。ただただ、二人が消えた方向を見つめている。それもそうだろう。間近で王太子殿下を見た上、声をかけられたのだから。だが、アネットは別の感想を抱いていた。


「ベルフィアス様が自ら手を差し出すなんて……変わっていないと思っていましたが、それだけは変わられたのですね」


 在学中のアルヴィスからは考えられない行動に、アネットは一人呟くのだった。


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