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8話

 

 応接室へ来ると、既にベルフィアス公爵―――ラクウェルが座って待っていた。アルヴィスが入ってきたことに気が付くと、スッと立ち上がる。


「アルヴィス……」

「お久しぶりです、父上」


 歩いてアルヴィスへ近づきポンと肩に手を乗せると、次にアルヴィスの右頬に触れた。頭一つ分ほど背が高いラクウェルをアルヴィスがキョトンとして見上げる。アルヴィスと同じ金髪だが、その瞳は深緑。国王と同じ色である。


「父上?」

「……少し見ない間に、やつれたな」

「いえ……そんなことは」

「オクヴィアスも心配していた。こんなことになって、すまないと思っている」


 オクヴィアスはアルヴィスの母である。普段はラクウェルと共に領地の屋敷で暮らしており、アルヴィスが学園を卒業する前に帰省をして以来、約二年ほど会ってはいない。貴族ならば出席が義務付けられている年行事においても、アルヴィスは仕事で裏方に徹していた。そういう意味では、ラクウェルと会うのも二年振りということになる。


「まぁ、まずは座るといい。話はそれからだ」

「はい……」


 向かい合う形で座れば、ちょうどアンナがお茶を用意してくれていた。簡単に摘まめるものと紅茶を用意すると、そのままアンナは部屋を出て行く。二人きりになったところで、ラクウェルは懐から何かを取り出した。


「アルヴィス、これを渡しておく」

「これは……手紙、ですか?」

「あぁ。皆からのものだ。出来れば返事を書いてやってほしい。今のお前に、領地まで帰ってこいとは言えないからな」

「……わかりました」


 少々分厚い手紙を受け取ると、アルヴィスは上着の内側にしまう。ラクウェルは紅茶の入ったカップを手にすると、口に含んだ。同じく、アルヴィスも喉を潤す。


「今回、兄上から早馬が届いた時には、落胆した。確かに、ジラルドは少し思い込みが激しい部分があったようだが……」

「そうなのですか?」

「あぁ。ジラルドはただ一人の王子として、厳しく育てられた。その反動というか、多少傲慢気味でな。兄上から聞いた話ではあるから、間違いはないだろう。学園で過ごしていくうちに、王となる資質を確認したかったそうだが……完全に裏目に出たというわけだ」


 アルヴィスがそうであったように、ジラルドも学園の幹部生徒に選ばれていたはずだ。ならば、学園における行事の運営やらその他諸々の学園生活に必要な費用捻出などを管理し、采配する地位にあっただろう。もはやそれは小さな国といってもいい。

 学園でその手腕を発揮出来なければ、実際に王となっても政をするには能力が不足していると言わざるを得ない。その際は、補佐を増やして教育を強化することで対応しようとしていたようだ。


「せめてパーティーでなければ、如何様にも出来た筈だが……過ぎたことを言っても仕方ないな……。アルヴィス、お前はどうだ?」

「どう、ですか?」

「突然、王子となるように告げられただろう? お前の立場では断ることも出来んからな。兄上はジラルドを廃嫡したが、この時点で継承順位は一位が私となる。お前は本来ならば第三位だった。不満もあるだろう?」

「……それは」


 ない、とは言い切れないだろう。

 ラクウェルが話す通り、ジラルドを抜きに考えれば王位に一番近いのは国王の弟であるラクウェルだ。その順位を変える必要があったのは、リトアード公爵家への配慮が必要だったからに他ならない。未婚で最も継承権が高かったのがアルヴィスで、年齢もアルヴィスが20歳、エリナが17歳と悪くなかった。


「リトアード公爵家を立てた理由はわかる。そもそも、私もマグリアも王位など欲しくはない。だが、それはお前も同じだからな……こういうことになるのなら、無理にでもお前に婚約者を定めておけば良かった」

「……申し訳ありません」

「お前が謝る必要はない」


 アルヴィスに婚約者がいたなら、無理に話が進むことはなかった。恐らくは、エリナには別の婚約者が宛がわれて、次期国王にはラクウェルが就くことになっていたはずだ。


「アルヴィス……王位は重荷か?」

「……」

「本当はどう思っている?」

「…………俺は……正直、まだ実感がありません。周りだけが変わっていって、己の状況は理解しているつもりですが……直ぐに意識を変えることなど出来ません。俺が王位に就くことは全く考えていなかったので」

「それは、そうだろうな」

「いつまでも、その様なことを言ってはいられませんから、ちゃんと受け入れるべきだとも思っていますが……まだ、整理する時間が欲しいというのが、本音です」


 アルヴィスは膝の上に置いていた手を握りしめた。

 王位が重くないとは考えていないが、それを認識するほどの実感がない。一生を騎士として国に尽くしても構わないと思っていた。それが剣ではなく、筆に変わっただけなのかも知れないが、一日二日程度で割り切れない程には、剣に未練がある。


「入隊してからは、毎日剣を握っていました。今はそんなことは出来ません。それを寂しくは感じます」

「アルヴィスは昔から剣を振るうのが好きだったからな。護衛官たちに混じって訓練場にいることが多かった」


 昔を思い出すようにラクウェルが笑う。勉強が嫌いなわけではないが、それ以上に身体を動かしているのが好きだった。だからこそ、騎士団にも入隊した。


「ならアルヴィス……今からでも近衛隊の訓練場に行くか?」

「えっ?」

「無理に溜め込むのは良くない。この先、ここで生きていくのなら尚更だ。そのまま過ごせば、間違いなくストレスが溜まるだけでなく、爆発するだろう。発散しなければならない。身体を動かすのは誰しもが必要なことだ。お前の場合は、剣を振るうことだというだけで」

「しかし、近衛隊は―――」

「お前が居たところだからこそ、剣を合わせること位出来るだろ? 善は急げだな」


 ラクウェルは立ち上がり、アルヴィスの腕をつかむ。無理矢理立たされた形になったアルヴィスは、予想よりも強い力に抗えず、そのままラクウェルに引っ張られて行くのだった。



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