令嬢の学園行事
一日遅れてしまいました。ごめんなさい。
時間は少し前に遡る。
エリナは学園の行事に参加していた。建国祭の最中に行われる競技大会だ。学園が創立してから毎年続けられる恒例行事でもあり、己の実力を披露する場でもあった。この場には、騎士団幹部らも来ることになっており、騎士団志望の学生たちの意気込みは凄まじい。
参加者は男女関係なく希望を募る。トーナメント方式で行われ、そこに学年や性別の垣根はない。貴族令嬢としてマナを操ることを学んではいるものの、エリナはマナ操作は不得意だった。剣を扱うことも苦手で、唯一エリナが扱えるのは弓のみだ。それでも学年では上位に入ることはない。そのため、競技大会に参加することは初めから考えていなかった。今日も、観客席でハーバラらと共に参加者たちを見守るだけだ。
「わくわくしますわね、エリナ様」
「そうですね」
ハーバラは今回は参加を見送ってエリナと共に観戦しているが、その実力は学年上位に位置する。剣技に至っては、男子学生にも引けを取らない。見た目からは想像できないのだが、まさに文武両道な令嬢がハーバラだった。
「昨年は、ハーバラ様も参加されていましたけれど……今年は何故参加されなかったのですか?」
「……実はですね、お母様に止められてしまったのです」
「ランセル侯爵夫人が……」
昨年までは、ハーバラには婚約者がいた。ハーバラのことをよく理解してくれていた相手だったため、ランセル夫人も黙認してくれていたそうだ。しかし、婚約は破棄されてしまった。今のハーバラは婚約者を探している状態である。その中で、競技大会などに参加して上位にでも入ってしまったら嫁入りが遠のいてしまうかもしれない。ランセル夫人は、大層心配しているようだった。
「もうすぐ一年になりますわ。あの件から」
「えぇ、そうですね」
「ですが、未だに私を含めて相手は見つかっておりません。学園を卒業しても結婚していないとなれば、行き遅れとなってしまうでしょう。それをお母様は心配しているのですわ」
男性はそれほどではないのだが、女性が18歳でも未婚となると社交界では行き遅れというレッテルを貼られてしまう。女性にとっては不名誉なことだ。だから、ランセル夫人の心配は当然のものだろう。
「とはいっても、正直なところ私は結婚をする気が起きませんの」
「え?」
「私は学園を卒業しても、今の仕事を続けて行きたいと考えているのです。お父様は渋い顔をしておりましたが、お兄様は賛成してくださっています。ですから、このままの私でいいと仰ってくださる奇特な殿方が現れるのを気長に待つつもりですわ」
「ハーバラ様」
「彼以上の人が現れてくれるなんて希望は持っていませんから、私が望むのはそれだけなのです」
そうして笑うハーバラは、少しだけ寂しそうにエリナには見えた。
「ほら、エリナ様。そろそろ始まりますわよ」
「え、えぇ」
ハーバラに促され、エリナは前を向く。
大会が行われるのは、広い競技場だ。場内を4区画にわけて、予選が行われる。正方形の盤上の上に選手が相対しているのが見える。予選はこの盤上から相手を落とすか、気絶させるかすれば勝利となる。使用される武器は、刃が潰されているため致命傷になるような傷を負わすことは出来ない。万が一、致命傷を負わせるようなことがあればルール違反となり反則負けとされる。
審判の掛け声とともに、一斉に予選が開始された。あっという間に勝負が決まる試合もあれば、長時間戦い続ける試合もある。エリナは、ハーバラの解説を聞きながら予選を見守るのだった。
次の日、競技大会の本選が開催された。本選は、2区画にわけられて行われる。準決勝からは1試合ずつだ。
試合を観戦していると、終了後に勝者がエリナを見上げて騎士礼を執るような仕草をしてきた。その意味がわからないエリナではない。
「……言わなければならない、のでしょうか」
「次期王太子妃へのアピールですわね」
こうしたアピールをしてくるということは、将来的に近衛隊への所属を希望しているのかもしれない。そういった配属についてエリナは関与することはないのだが、アルヴィスは違う。エリナとアルヴィスが良き仲であるならば、目に止めてくれるかもしれないという希望的観測だ。
「私にはそのような力はありませんのに」
「ですが、殿下から聞かれたらお話しされるでしょう?」
「それは、そうですけれど」
「エリナ様から名をお耳に入れていただけるだけでも、随分と違うのですよ」
全く知らない名前よりも、どこかで一度耳にした名前の方が印象には残りやすい。すなわち、そういうことだ。学園での行事とはいえ、競技大会は伝統行事。アルヴィスも学園の卒業生なのだから、知らないはずがない。そこで上位に残った学生ということであれば、一定の評価もしてくれるはずだ。
「聞かれたら、お話します」
「そうですわね。それがいいと思います」
「アルヴィス様なら、興味ありそうですけれど」
元近衛隊所属の騎士だったのだ。十分にあり得る話である。これはそういうものだと、割り切るしかないのかもしれない。去年までそういったことがなかったのに今年に限ってアピールがあるということは、アルヴィスとエリナの結婚式が近くなってきたことに起因しているのだろう。学園の創立祭が終わりエリナが学園を卒業すれば、その日がくるのだから。
「そういえばもう半年もありませんわね、お式まで。本当、楽しみですエリナ様」
「ハーバラ様……はい、私もとても楽しみにしています」