26話
それから数日。来賓を招いたパーティーを最後に、建国祭は幕を閉じた。
問題を起こしたマラーナを除き、全員が帰国の途につくのを見送る。流石のシスレティアも、各国要人がいる前ではアルヴィスへ近づいてくることもしなかった。これでまずは一息吐くことが出来る。問題が片付いたわけではないのだが、他国の要人が多い状況にアルヴィスはずっと気を張っていた。近衛隊として培ってきた精神がそうさせていたともいえる。何事も起きずに、彼らには帰国してもらう必要があった。ルベリアで何か起きれば、全て責任はルベリアに向けられるのだから。
マラーナ王女については、マラーナ側からの返答待ちという状態だ。数日の間に、使者が来ることになっていた。その内容次第で、ルベリアがどう動くかが決まる。
アルヴィスは執務室へ戻り、ソファへと腰を下ろした。思わず安堵のため息が出てしまう。そこへ、タイミングよくイースラが紅茶を用意してくれた。
「ありがとう」
「大分お疲れのようでございますね」
「今回は仕方ないさ。だが、それも一段落した」
ある意味において、今回は他国に対するアルヴィスをルベリアの次期国王として披露する場でもあった。その言動を注視し、アルヴィスを見定めていたのだ。常に向けられる視線は、これまでアルヴィスが向けられてきた視線とは全く違うもの。アルヴィスが国主となるに値する人物なのかどうか。そして、今後も友好関係を続けられる相手なのかについても確認していたようにも見えた。
当然だろう。アルヴィスは、これまで他国へ顔を出したことはない。ベルフィアス公爵である父が参加していた時も、兄マグリアは顔見せのため参加したことはある。それは公爵位を将来継ぐことになるからだ。家督を継ぐことのないアルヴィスにとっては、不必要なことであった。だから他国が知っているのは、アルヴィスの名前や情報収集でわかる程度のことだ。人というのは、実際に会ってみないとわからないことの方が多い。今回の建国祭は、そういう意味合いを持っている場所だったのだ。
「あとは、年内にあの令嬢の始末をつけなくてはいけないな」
「リリアンさん、ですか?」
「あぁ。明日にでも隊長……いや、ルークのところに行く。時間を長引かせてもいいことはない」
「そう、ですね」
カップを手にして紅茶を口に含む。いつもよりも甘く感じるそれは、疲労を感じていたアルヴィスにとっては美味しく感じられた。いつもならば甘いものは好まないのだが、イースラが気を利かしてくれたのだろう。
「そういえば、先ほど王妃陛下付き侍女よりこれをお預かりいたしました」
「これは、絵か?」
「デザイン画でございます」
イースラから渡されたのは数枚のデザイン画。ということは、何かの衣装だということだ。再び、絵を確認すればそこに描かれていたのは、ペアになっている衣装だった。男性と女性のものだ。これが王妃から渡されたということは、考えられる答えは一つしかない。
「式のだな」
「はい。リトアード公爵夫人は、最終的には王太子殿下に決めていただきたい、と仰っていたそうです。出来れば今日中にお返事をいただきたいと」
「一度も女性の衣装を選んだこともないのに、良いものが選べるとは思わないんだが」
「だとしても、アル様が選んだということが重要なのです」
「それはわかるが」
デザイン画はアルヴィスとエリナの結婚式の衣装だった。色は白が基本だが、それ以外に大きな制限はない。ふんわりとした可愛らしいものから、スレンダーなタイプのもの。細かな装飾も違いはあるが、どれが一番いいのかなどアルヴィスにわかるはずもない。女性に服を贈ったことさえないのだ。下手に似合わないものを選ぶことも出来ない。救いを求めるようにイースラへと視線を向けるが、彼女はにっこりと微笑むだけだった。
ため息をつきながらアルヴィスはもう一度絵を見る。
エリナの容姿を思い浮かべて、絵と照らし合わせてみる。どちらかといえば、エリナはふんわりとしたタイプではない。キリッとした美人系だ。ならば、スカートもふわりと広がったものは合わない気がする。
アルヴィスなりに真剣に選んだ結果、候補は二つまで絞った。これ以上は無理だと、アルヴィスはソファに背を預ける。
「限界だ……」
「アル様にしては頑張った方だと思いますよ」
「あとは何が違うのかわからない」
絵を見比べてみても、同じようなものに見えて仕方ないのだ。二つ用意した意味もわからない。間違って同じデザイン画を用意したと言われても納得するくらいである。しかしこの発言に、イースラは頭に手を当てて首を振った。
「何だ?」
「……いいえ、アル様も男性ですから仕方ないことだと思っただけでございます。どちらもエリナ様にお似合いだと選ばれたのですよね?」
「あぁ。あとは、エリナが選べばいい」
「かしこまりました。その様にお伝えいたします」
アルヴィスが選んだデザイン画を持つと、イースラは一礼をして部屋を出て行った。製作期間を考えても、悠長にしていられる時間はないということなのかもしれない。男性であるアルヴィスはともかく、女性にとっては人生において一大イベントだ。この場合、主役はアルヴィスではなくエリナだろう。王太子の結婚式なのだから、盛大にやらなくてはいけない。国家行事の一つでもある。アルヴィスにとってはそちらの方が気が重かった。




