25話
昼食後、アルヴィスはリティーヌと共に来賓区画にある庭園へとやってきた。年に一度はガーデンパーティーが開かれる場所でもある。今回の出席者は、スーベニアからは女王シスレティア。そしてルベリアからアルヴィスとリティーヌ。この三人だ。そのため、会話がしやすいようにと円形のテーブルが用意されていた。
予定時間よりも早い到着だったので、シスレティアはまだ来ていない。リティーヌが侍女たちと準備確認をしている間、アルヴィスは周囲の警護を確認する。如何に城内とはいえ、来賓を招くのだ。何事もあってはならない。
そうこうしているうちに、ざわざわと入口がざわめく。視線を向ければ、ちょうどシスレティアが到着したところだった。
「お待たせしてしまいましたね」
「いえ、そのようなことはありません。ようこそいらっしゃいました、女王」
「うふふ。どうかよろしくお願いします、アルヴィス殿」
シスレティアはそっと左手を差し出す。その手を取り、アルヴィスは座席までエスコートするのだった。
リティーヌも着席して、いよいよお茶会が始まった。
お互いに挨拶は済ませている間柄だ。まずは他愛ない話がシスレティアとリティーヌの間で繰り広げられる。カップを手に、アルヴィスは聞き役に徹していた。そもそも、貴族同士のお茶会というのは女性同士で開かれることが多い。女性同士の方が話が弾むからだろう。男性が招かれることがないわけではないが、少なくとも男性のみのお茶会は開かれたことはない。アルヴィスが知る範囲ではの話ではあるが。
「そういえば、リティーヌ殿はアルヴィス殿とは親しいのですか?」
「えぇ。従兄妹でもあり、幼馴染でもありますから。身内の中では最も親しいと思いますわ」
「そうなのですか。それはそれは」
首を縦に振って笑みを深めるシスレティアをちらりと見ながら、アルヴィスは耳を傾けていた。話題が己のことであっても、下手に口を挟むことはしない。女性と話をする場合、話を振られる以外で口を開いてはいけないのだ。これは、貴族男性における暗黙の了解でもある。
「だとすれば、リティーヌ殿もアルヴィス殿と婚約する可能性はありましたのね」
「……可能性だけであれば、仰る通りですわ。ですが、私はエリナを家族のように思っております。エリナとお兄様がご結婚されることは、本当に嬉しく思っておりますの」
満面の笑みで話すリティーヌ。それはどこか挑戦的にも見えるものだ。事前に、エリナ関連の話が持ち掛けられた時、リティーヌは徹底抗戦をするとアルヴィスに宣言していた。
シスレティアに今のような言い回しをされると、まるでリティーヌがアルヴィスに懸想していて、エリナがいなければ婚約することが出来たといっているようなものである。従兄妹なのだからあり得る話だが、シスレティアの考えは根本が間違っている。説明をすると自国の恥をさらすようなものなので、ここで掘り返すことはしない。あくまで、エリナとアルヴィスの婚約は揺ぎ無いのだと伝えるだけで十分だ。この件に対して、ルベリア王族側からスーベニアへの協力はないのだと。
僅かに眉を寄せたシスレティアだったが、直ぐに表情を取り繕っていた。
「このように信頼されているとは、かのご令嬢はよほど優秀な令嬢なのでしょうね。ゆっくりと会話を楽しんでみたいものです」
「数か月後には王太子妃となりますから、そのような機会もありますわ」
「数ヶ月後ですか……それは待ち遠しいことでしょう。ね、アルヴィス殿?」
カップを口に付けようとしたところで、声をかけられアルヴィスの手は止まる。一口だけを口に含み、ゆっくりとカップを置いた。
「えぇ。私も、エリナもその日が来るのを楽しみにしています」
「お兄様だけではありませんわ。私も、妹もエリナが身内になるのが待ち遠しいのですから」
「嫁ぎ先に望まれるほど喜ばしいことは花嫁にはありません。本当に、婚約者殿は幸運ですわね」
「それは違います、女王」
「えっ?」
思いがけず否定されたからなのか、シスレティアは少しばかり目を見開いていた。アルヴィスはそのまま胸に手を当てて続ける。
「幸運なのは彼女ではありません。私の方です」
「アルヴィス、殿?」
「ですから、私は彼女以外と婚姻を結ぶつもりはありません」
「……己の利を優先するというのですか?」
シスレティアから笑みが消えた。それでもアルヴィスはシスレティアから視線を外さない。ここで引くわけにはいかないのだ。
「女王、貴方が望むのは私の力のみでしょう。であれば、時が来たならばこの力を世界のためにと使うことは厭いません。この身を差し出したとしても、協力しましょう。それで十分なはずではありませんか?」
「……」
スーベニアが望むものは女神の力。アルヴィス自身に価値を見出しているわけではない。誰でもいいのだ。女神の力があれば。それを手元に置いておきたいのだろう。女神を崇める立場として、他国にその力があるのが許せないというのがシスレティアの中にはあるのだと、アルヴィスは考えていた。
しかし、表面上シスレティアは世界の為だということを強調している。ならば、協力を得られる確証を得るだけで十分なのだ。
「なるほど……ここは妾が引くべきでしょうね」
「……」
扇を開いて口元を隠したシスレティアは、小さく呟く。辛うじてアルヴィスには届いたが、リティーヌには聞こえていないようだ。
「アルヴィス殿、リティーヌ殿。本日はお招きありがとうございました。楽しかったですよ」
「……お帰りになられるのでしたら送ります」
「うふふ。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「リティ、後片付けを頼む」
「え……は、はい」
突然のお開きに戸惑っている様子のリティーヌに後を任せると伝えて、アルヴィスは立ち上がる。そのままシスレティアの前で手を差し出せば、立ち上がると共にシスレティアは腕を絡めてきた。
「女王、お手を――」
「妾は諦めが悪いのです。それに……気に入りましたわ。貴方自身のことも」
「戯れはやめてください」
素早く手を振りほどき、アルヴィスは少しだけ距離を取ってシスレティアの横を歩く。相手は一国の王だ。おふざけだとしても本気だとしても、アルヴィスにとっては面倒事でしかない。できれば今後は近づきたくないと、アルヴィスは心から思っていた。
いつも感想くれる皆さまありがとうございます。感想には全て目を通しておりますが、返信できなくて申し訳ないです。この場をかりて、お礼申し上げます。
どうかこれからも本作をよろしくお願いします。




