24話
翌日の朝食後。執務室にて、アルヴィスとリティーヌは向かい合って座っていた。顔を突き合わせるのは、アルヴィスがリティーヌに諫められて以来となる。若干居心地を悪そうにしているリティーヌに対して、アルヴィスは苦笑した。
「リティ」
「な、何?」
「この前のこと、改めて礼を言う。ありがとう」
「アルヴィスお兄様……」
もう気にしていないと伝わるように、アルヴィスは微笑む。リティーヌは一瞬目を見開くと、居住まいを正して頭を下げた。
「わ、私の方こそ殴ったりして、ごめんなさい」
「謝る必要はない。悪かったのは俺だ」
「それは、そうだけど……ちょっとやり過ぎたかなって」
「これでも元騎士だ。殴られることには慣れている」
剣を用いない訓練などでは、拳だけでやりとりをする。如何に女性にしては鍛えているリティーヌだとしても、アルヴィスにとっては大したことではないのだ。
「その割には、綺麗な顔しているじゃない……」
「いつまでも傷が残っているわけがないだろう。それに、それは男に対しては誉め言葉じゃないからな」
「ふふっ、お兄様にとっては耳タコの賛辞よね」
「賛辞じゃない……嫌味だ」
アルヴィスの顔は母親似だ。幼い頃は本当にそっくりで、少女に間違われることなど数えきれないほど経験してきた。他の男性は知らないが、少なくとも女性に間違われてアルヴィスは嬉しくはない。学園に入学する前には、身長も伸びて間違われることはなくなった。とはいえ、今でも母親似の顔を褒められてもアルヴィスにとっては素直に受け入れることは出来ないものなのだ。
「女性からすれば、羨ましい限りなのに」
「俺からすれば、兄上の方が羨ましいがな」
父親に似ているマグリアのようであれば、性別を間違われることなどなかったはずである。筋肉が付きにくい体質も含めて、アルヴィスは己の身体にはコンプレックスばかり持っていた。マグリアからすれば、アルヴィスの方が羨ましいらしいが。
「ないものねだり、ね」
「そういうことだ」
話をしているうちに、いつもの調子に戻ってきたリティーヌに安堵し、アルヴィスはさっそく本題に入ることにした。
お茶会は、二時間後。リティーヌが参加するのはアルヴィスのパートナーとしてだ。本来ならばエリナを呼んでも構わないのだが、リトアード公爵から許可が下りなかった。
「私は、王妃殿下の代わりだけれど……本当に、エリナを呼ばなくていいの?」
「まだ籍を入れたわけではない以上、エリナの保護者は父である公爵だ。彼が許可しないのならば、無理に連れて行くことはできない」
「まぁ、王家はリトアード公爵家に借りがあるからね」
「あぁ」
ジラルドの件でリトアード公爵家には借りがある。だとしても、こちらから命じればリトアード公爵は応じるだろう。エリナも求めに応じるはずだ。
「いずれにしても、エリナは今日には学園へ戻ることになっている。婚約者だからと、何度も学園の行事を欠席させるわけにはいかないからな」
「行事? 何かあった?」
国立学園での行事だ。王女であるリティーヌが知らない訳はないのだが、この様子だと完全に忘れているようだ。頭を抱えながら、アルヴィスは説明する。
建国祭の最初の三日間は学園は休みとなるが、その後学園では剣術大会が行われるのだ。あくまで学園内だけでの大会であるため、学外から人が来ることはない。しかし、学生にとっては成績にも影響する大事な大会でもある。特に、騎士団などへの入団を希望する学生たちは。アルヴィスもその一人だった。
「エリナは参加するわけではないが、王太子の婚約者であるエリナがいれば学生たちの士気も上がるだろう。優勝すれば、エリナの口から俺に伝わる可能性もあるのだから」
「そういえばそんなものがあったわね。話題にも出ないから忘れてた」
「ジラルドも参加していたはずだが……その分じゃ、結果は知らないか」
「どうだったの?」
「……不戦敗だ」
「聞かなければよかった。ったく……まぁ、あの馬鹿の話はいいわよ。エリナが来れない理由もわかった。私が行くしかないってことも」
肩を竦めてリティーヌは頷く。あまり気乗りしないとはいえ、王妃は体調がすぐれない状態だ。代役が出来るのは、リティーヌしかいないのだから。
「最悪、俺一人でもいいが……一応、名目上はパートナー同席とあるからな」
「相手はエリナを要望していたってことよね?」
「女王をもてなすのなら王妃が役割としては妥当だが、相手が俺を指名している以上そういうことになるだろう」
「全く、エリナに嫌味でも言いたいわけ?」
「相手は宗教国家の君主だ。言いたいことは一つだろうな」
口を開けば女神の話に行きつく。世界や人々というワードを持ち込んで、己の土俵へと相手を引きずりこむ。あくまで、聖国側に優位になるようにと。
国家として世界という言葉を持ち出されては無視することは出来ない。それを手に、何かしらアルヴィスに約束事を取り付けてくるのは間違いないだろう。問題は、それが何かだ。
「女神、ね。信仰するのはいいけれど、それをお兄様に求めるのは間違いよ」
「そうだな」
アルヴィスは己の右手へと視線を落とした。あれ以降、声が聞こえることはない。これがどのような力を持っているのか、アルヴィスにもわかっていないのだ。現時点で、この力についての有力な情報源はリリアンのみなのだから。
「っ」
「お兄様?」
「悪い。何でもない」
思考に耽りそうになるのを首を横に振って振り払う。わからないことを悩んでも仕方がない。今は、目の前のことを片付けるのが先なのだから。
暗いニュースばかりが耳に入り嫌な毎日ではありますが、出来るだけ頑張って更新は続けて行きたいと思いますので、これからもどうぞよろしくお願いします。
皆様もどうか、体調にお気をつけてお過ごしください。




