23話
その日の夜、アルヴィスは国王の私室を訪ねていた。
国王はラフな格好でアルヴィスを出迎え、二人はソファで向かい合って座る。カリアンヌの件を報告すると、国王は深くため息をついた。
「そうか……わかった。マラーナには、抗議の書状を送る」
「お願いします。必要ならば、王女から宰相の名を出させることも出来ますが」
「うむ」
此度の件、マラーナがルベリアへ喧嘩を吹っ掛けたことに等しい行為だ。内々で済ませていい事柄ではない。しかし、マラーナ側からすればすんなり非を認めることはないだろう。今回の件はあくまでカリアンヌ個人が仕掛けたことであると、白をきる可能性も十分にある。事実として認めてしまえば、国家としての責任を問われるからだ。
「今回については、抗議のみとする」
「伯父上?」
「マラーナが認めようと認めまいと構わぬ。そのようなことをしなくとも、ルベリアに真があることはかの国々が証明してくれる。疑念を抱かせておくだけでよい」
「……わかりました」
それがルベリアとしての判断ならば、アルヴィスは従うだけだ。国家間で争いごとをしたいわけではない。隣国として信用することは出来ないと確証が得られただけでも、今後の心構えが変わってくる。
「他に、余に報告することはないか?」
「え?」
「先ほどは公爵家まで行っていたのだろう?」
「えぇ、エリナを送ってきましたが……それだけですよ」
報告するような話ではないと、話題を振られたアルヴィスは困惑顔だ。私的なことをわざわざ国王へ報告する必要はない。そんなアルヴィスの様子に、国王は笑みを漏らしていた。
「それだけ、ではないのだ。お前には、突然多くのことを押し付けてしまった。断ることも出来ない状況で、お前の意志など聞かずにな」
「……」
当時のアルヴィスは近衛隊の一人、臣下だった。そうでなかったとしても、臣下の一人として従うのが当たり前だ。意志など聞く必要はない。それを申し訳なく思っているのは理解できるが、他に選択肢はなかった。
「お前がそういうのはわかっておる。しかしな……お前にも、リトアード公爵令嬢にも申し訳ないことをした。後悔しても遅いが……」
「伯父上」
「だからな、アルヴィスよ。お前がリトアード公爵令嬢と懇意にしていることは、嬉しく思うのだ。この間は、危ういと思ったがな……」
「っ……申し訳ありません」
王太子を降りると話した時のことだ。あの時のアルヴィスは、考えすぎが度を越していたような状態だった。自分の存在が、ルベリアにとって良くないと思い始めてもいた。だからこそ、引くべきだと思っていたのだ。国のことを考えすぎて、色々なことを見失っていた。今では、その考えが愚かだったとわかっている。
「過ぎたことだ。もうよい」
「は、い」
今後の対応を二人で話していると、遅い時間になってしまっていた。窓から外を見れば、真っ暗な闇が広がっている。話し込んでいれば、時間はあっという間に過ぎてしまう。国王もアルヴィスにつられるように窓の外を見上げた。
「本当に、時間が流れるのは早いな。月日も……あれからもうじき一年だ」
「そうですね」
あと数日で建国祭は終わる。二か月後には学園での創立記念パーティーが開かれる。昨年、ジラルドが問題を起こした場だ。アルヴィスの未来が変わった日でもある。忙しく日々を過ごしていたためか、もう一年が過ぎてしまうのかと不思議に感じた。
学園の創立記念パーティーが終われば、次は学園の卒業式。エリナが学園を卒業する。それは同時に、アルヴィスとエリナの婚姻が近いことを示していた。その日はもうそこまで来ているのだ。
「それまでに、周囲は片付けておかねばならない」
「わかっています」
アルヴィスの周囲の面倒事。これを終わらせておく必要がある。万が一にもエリナに対し危害が加えられることなどあってはならないのだ。何が起きようとも、アルヴィスはエリナと共にいると決めた。そのためにできることはしておく。
「各国への繋ぎは終わっています。あとは、女王がどう動くかですが」
「裏でどのように考えていようとも表向きは情に厚い国だ。あちらに分が悪いとわかれば引くであろう」
「はい」
政治的な関係で結ばれただけならばまだしも、相思相愛な二人を引き裂くのはスーベニア聖国にとってデメリットしかない。特にルベリアの信者からの反発は必至だ。そのような轍は踏まないだろう。それでとりあえずは諦めるはずだ。その後、何もないならそれに越したことはないのだが、可能性は低いとアルヴィスは見ていた。
明日には、また食事会が待っている。再び、スーベニアの女王と対面するのだ。話をするには絶好の機会でもある。この場には、リティーヌも同席する予定だ。食事会の前に、話を詰めておいた方がいいだろう。
国王に断りを入れて部屋を出ると、アルヴィスはリティーヌへと遣いを出すのだった。




