22話
その後、アルヴィスの腕の中にいたエリナは、リトアード公爵邸に到着するまで黙ったままだった。
到着し、アルヴィスが先に馬車を降りてからエリナに手を差し出す。ゆっくりと重ねられた手を握れば、エリナも馬車から降りてきた。
「お帰り、エリナ。殿下も、娘を送っていただきありがとうございます」
「お、お父様」
出迎えてくれたのは、リトアード公爵だった。アルヴィスはエリナの手を離さずに彼の面前に立つ。
「公爵、エリナを引き止めたのは私だ。遅くなり済まなかった」
「ア、アルヴィス様っ!」
「……」
頭を下げることはしないが、目礼をして謝罪をするアルヴィス。その様子をリトアード公爵はじっと見据えていた。視線を交わせば、逸らされることはない。威圧感を受けながらも、アルヴィスもじっと見つめ返していた。
先に視線を逸らしたのは、リトアード公爵の方だ。アルヴィスの隣にいるエリナへと視線を移動させる。
「じきに夕食の時間だ。お前は中に入っていなさい」
「お父様、その私が―――」
「サラ、連れて行きなさい」
「……かしこまりました」
少しだけ強引にサラはエリナを連れて行く。繋がれていた手を離せば、そのままエリナは屋敷内へと入っていってしまった。控えていた侍女たちも下がり、この場にいるのはリトアード公爵と執事らしき男性、アルヴィスだけとなった。
「殿下」
「……何だ?」
「腹はくくれましたか?」
リトアード公爵が何を指してこのように言っているのか。詳細など言われなくてもわかった。既にアルヴィスの心は決まっている。だから、リトアード公爵への回答は一つしかない。
「あぁ」
「そうですか……ならばいいのです」
「公爵」
「政略だとしても、娘には幸せになってもらいたい。そう願うのが父親です」
高位貴族の立場では、娘に望まぬ結婚をさせてしまうのは当たり前。その中に於いても、出来るだけ良縁を求めている。王族との婚姻は、良縁には違いない。しかし、それ以上に負担も責任も大きくなる。
「背負わされたからだという意識がいつまでも抜けない男に、娘を幸せにできるとは思えませんでしたからな」
「……」
「貴族家の次男である意識はもう終わりにしてください。貴方が、国を背負うのです。これから先、貴方が過ちを起こしたとしても、その尻拭いをしてくれる人はおりません。二度目は、ないのですから」
王家として、同じことを繰り返されることは許されない。それは、先日アルヴィスが国王へ問いかけたことを完全に否定するものだった。万が一にも、その可能性を考えるなということだ。
「娘にとっても同じです」
「……わかっている。私も、エリナを手放すつもりはない。この国からも……王になることも逃げることはしない」
「それだけ聞ければ十分ですよ。貴方がその道を進む限り、我ら臣下は力を尽くすだけです」
「よろしく頼む、公爵」
「御意に」
頭を下げるリトアード公爵に頷くと、アルヴィスは踵を返して馬車へと戻っていった。
アルヴィスの馬車が去り行くのを見送ったリトアード公爵は、先ほどまでの厳しい目を和らげた。そしてそのまま屋敷の方へと足を向けると、後方に控えていた執事が傍に寄ってきた。
「旦那様」
「まだまだこれからだろう。だが、少なからず芯が通ったように見えた」
「左様でございますか」
「頼りない部分はある。幼少期から染みついた思考を変えることは、簡単ではないからな」
「……そうでございますね」
それでも変えてもらわねばならない。これまでの成果を見たアルヴィスへの評価は良だ。悪くはない。臣下への態度も少しずつ変化してきている。意識改革は、もうそこまでできていると言っていいだろう。だが、残りの部分が一番難しいのだ。
「……陛下には早めに退位してもらう方がよいのかもしれないな」
「旦那様?」
「ベルフィアス公とも相談だが、宰相も交えて即位時期については早めても構わんだろう」
国王がアルヴィスを補佐できるうちに、据えてしまうのもいいのではないかとリトアード公爵は考えていた。アルヴィスのような性格ならば、ある程度の荒療治も功を成すはずだ。アルヴィス自身も、もう簡単に逃げることは選択しないだろう。本人からの言質も取っているのだから。
「一つ懸念することがあるとすれば、孫の顔が遠のくことだろうな」
エリナの学園卒業まではもうすぐだ。卒業すれば、エリナは王太子妃として嫁ぐことになる。王太子妃として一番に求められる仕事は、跡継ぎを産むことだ。最優先事項と言ってもいい。アルヴィスが忙しくなればなるほど、それが遠のく可能性があるのは防ぎたいことではある。
「……悩ましいことだ」
短くてすみません。




