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21話

 

 アルヴィスはハッとして、窓の外を見た。少しだけのつもりが、予想より時間を越えてしまっていたようだ。既に日は沈みかけている。アルヴィスにつられるようにエリナも窓を見上げた。


「もうこんな時間か」

「そうですね……」

「引き留めてしまって悪かったな。屋敷まで送る」

「いえっ、アルヴィス様はお疲れなのですから休んでください!」


 アルヴィスが立ち上がろうとするのを、エリナが言葉で制する。そしてサッと立ち上がると、エリナは頭を下げた。


「お時間をいただいてしまったのは私の方ですから。公爵家の護衛もおりますし、私ならば大丈夫です」


 ここまでエリナが一人で来るわけもなく、護衛が共に同行しているのはアルヴィスとてわかっていることだ。それでも、このままエリナを帰すという選択肢はアルヴィスの中には存在していなかった。アルヴィスは立ち上がって、傍にいたエドワルドやティレアらに指示を出す。


「リトアード公爵邸まで行ってくる。ディンを連れて行くから、エドは近衛に報告をしておいてくれ」

「承知しました」

「あの、アルヴィス様?」

「ティレア、伯父上へ食後に部屋へ向かうと伝言を頼む」

「かしこまりました」


 困惑しているエリナを余所に、アルヴィスは準備を進める。少しの時間だとしても、城の外に行くのだから報告をしないわけにはいかない。それなりに人へ知らせる必要があった。

 一人で出かけるわけでもなく、移動は馬車を使用する。行先はリトアード公爵邸で、距離的にも大したものではない。だとしても、無断で行動することが出来る立場にアルヴィスはないのだから。

 エドワルドらが動くのを確認しディンに目配せをすると、アルヴィスは未だ困惑の中にあるエリナの手を取った。


「あ、あの私は……」

「このまま君を一人で帰すわけにはいかない。……何より、俺が君を送っていきたい」

「アルヴィス様」

「たまにはいいだろう?」


 基本的にアルヴィスは城内にいる。エリナが登城してくるのが常で、いつも城内で見送っていた。婚約してからも、実は公爵邸に向かったことは一度としてないのだ。

 多忙だったのは事実で、アルヴィスもそのことを考えるほどの余裕がなかった。だが、普通なら婚約者を送り届けることは義務でもある。今まで怠ってきたと言われてしまえば、アルヴィスに反論は出来ない。しかし、それ以上にアルヴィスのことを想って行動してくれたエリナと、もう少しだけ共にいたいとも思うのだ。



 エリナが乗ってきたリトアード公爵家の馬車には、連れてきた侍女らを乗せる。そしてエリナは、アルヴィスと同じ馬車に乗った。同乗者は他にいない。二人は隣同士に座っていた。

 窓を覗けば、そろそろ暗くなってくるというのに人が多く歩いているのが見える。祭りの賑わいはまだ続いているということだろう。昨年のことを思い出して、アルヴィスは思わず口元を緩めた。


「懐かしいな……」

「え?」

「夜は人通りが少ないのが普通だが、この時だけは夜遅くまで賑わいを見せている。特に城に近い区画ではこの時期しか見られない姿だ」


 だからこそ近衛や騎士団も警護に駆り出される。城内の夜勤は当たり前だが、城下町で夜遅くまで警護をするのはこの時期特有のことだ。近衛の中でも新米が任されることが多いので、昨年はアルヴィスも城下町の警護として城外に出ていた。警護という名目ではあったが、しっかりと祭りの雰囲気も楽しめる。

 アルヴィスにとっては、祭りに来るのは恒例行事となっていた。学園卒業後は仕事としてではあったが、参加していたことに変わりはない。今年はアルヴィスにとっても大事な年でもあるので、城下に降りる余裕などなかった……筈だった。


「今年は諦めていた。だから、こうしてこの街の姿を見られたのはエリナのお蔭だよ。感謝する」

「いえ、私が勝手にしたことで……逆に突然押しかけてしまって、ご迷惑をかけてしまいました。申し訳ありません」


 首を横に振るエリナは、多忙なアルヴィスを外に出してしまったことに申し訳なさを感じているようだった。エリナは押しかけてきたというが、それを受け入れたのはアルヴィスだ。本当に迷惑ならば、受け入れなどしない。時間を使ってまで、屋敷まで送ることなどしないのだ。どのように説明すればわかってもらえるか。

 少し考えてから、アルヴィスは腰を上げてエリナとの距離を詰める。そして驚いて顔を上げたエリナの頭をそっと己の胸元にくっつけた。そのままエリナを抱きしめる。


「ア、アルヴィス、さま」

「前にも言ったかもしれないが、俺は女性が苦手だ。特に、己に好意を向けてくる相手はな」

「……は、い」

「だから、迷惑だと思っている相手は容赦なく突き放してきた」


 学園に入ってからは、酷いこともしてきたという自覚もある。それでもめげない女性も多かったが、アルヴィスからすれば論外だ。迷惑ならば直接迷惑だと告げる。無論、社交界では例外もあるし、適度に仮面を貼り付ける必要はあった。しかし、今この場で取り繕う必要は一切ない。


「俺は……君がリトアード公爵令嬢だから気を遣っているわけじゃない。何とも思っていない相手ならば、わざわざ時間を使ってまで、共にいたりなどしない」

「え……?」

「だから、迷惑などではないんだ。君が俺を想ってしてくれた行動に、心から嬉しいと思っている。これは俺の本心だ」


 エリナがゆっくりと顔を上げるのに合わせて、アルヴィスは腕の力を緩める。想像以上に顔が近い距離にあったためか、一瞬でエリナの顔が真っ赤に染まった。そんな様子がおかしくて、アルヴィスはそっと額に唇を寄せるのだった。




お待たせしました!少しずつ関係性が近くなってきました。まだまだどうなっていくのかこの二人を見守っていてください。

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