20話
遅くなりました。すみません。そして短いです。
その日の夕方。アルヴィスは執務室から私室へと向かうため回廊を歩いていた。すると、前方から向かってくる令嬢に気が付く。この時間帯に城内にいる女性といえば、侍女か騎士らに限られてくる。無論、後宮にいるリティーヌらは除外している。故に、令嬢がいること自体がないのだ。
「こんな時間に……ん?」
「どうかされましたか?」
「いや……あれはもしかすると」
次第に近づいてくる姿がはっきりと見えてきた。その姿を見て、アルヴィスは驚く。
「エリナ、か?」
「リトアード公爵令嬢ですか?」
「あぁ」
ディンは表情こそあまり変わっていないが、その声が驚きを示していた。アルヴィスも驚いている。エリナの予定では、今日は友人と建国祭を楽しんでいたはずだ。明日には学園に戻ると聞いている。休息に準備と、エリナもここに来れるような時間はない。少なくとも、アルヴィスはそう思っていた。
己の前にアルヴィスがいることに気がついたのか、エリナが頭を下げるのが見えた。共にいるのは、公爵家の者と近衛隊だ。一人ではないことに安堵しながら、歩調を少し速めてエリナへと近づく。
「アルヴィス様!」
「エリナ、何故君がここに? 友人と祭りを楽しんでいたんじゃなかったのか?」
「はい、楽しんできました。ですが……その」
「どうした? 何かあったのか?」
楽しんでいたと話す割には、表情が曇っていた。もしや、何かに巻き込まれたのかとアルヴィスに不安が過る。考えられるパターンを幾つか割り出す。見たところ怪我をしているようには見えない。であれば、誰かに嫌な思いでもさせられたのか。
そのことを想像してアルヴィスは眉を寄せた。
「いえ、あのそうではなくて……その、申し訳ありません。お忙しいことはわかっていたのですが、アルヴィス様にお渡ししたいものがありまして」
「……え」
エリナは恐る恐るといった風に、カバンから取り出す。そして、取り出した包みを両手で差し出してきた。エリナの両手よりも少し大きなそれは長い棒だ。
この場は回廊なので、アルヴィスはひとまずエリナを私室へと連れていった。誰かに見られて困るわけではないが、話をするのなら部屋の方がいい。
そうして私室に戻ってきたアルヴィスは、ティレアらにお茶の用意を頼むと、エリナと向かい合ってソファに座った。エリナへ話の続きを促せば、エリナは包みを目の前のテーブルへと置く。
「アルヴィス様、お話しされていたでしょう? 行きたい、と」
「……確かに、案内出来たらとは言ったが」
パーティーの前に話をした時、そんなことを話した記憶はある。行きたいとまでは言わなかったが。
「私も一緒に楽しみたかったですが、無理なのは理解していました。ですから、せめて何かお祭りの記念になるようなものをと思ったのです」
「記念?」
「はい」
差し出されたものは、アルヴィスへのお土産ということだろう。エリナの手より、包みを受け取る。長い棒のようなものの包みを開ければ、そこにあったのは黒いインクペンだった。更にペンには何かが彫られている。
「これは……今日の日付、か?」
「友人の知り合いのお店なのですが、建国祭の期間中のサービスということで刻印を彫ってもらえるんです」
通常は特別料を支払って行うサービスだが、今日だけは特別だったらしい。刻印を彫るなど、簡単に出来ることではない。その友人の知り合いだという職人は、余程の技量を持っているのだろう。
何よりも、エリナの心が嬉しいと思う。だからこそ、アルヴィスは胸が痛かった。一度でも、ここまで己を想ってくれているエリナの手を離そうと考えていたことを。
「……すまない、エリナ」
「アルヴィス様?」
「嬉しいよ。ありがとう。大事に使わせてもらう」
「はいっ」
微笑んでくれるエリナに、アルヴィスも笑みを返した。
少し焦らずに投稿していきたいと思います。どうか、見守って下さると嬉しいです。