18話
昼食を摂った後、アルヴィスはディンを伴い客室のある一画へと向かった。来賓たちの滞在として、いくつもの区画に分けられた場所。その中の一つ、マラーナ王族に用意されたところで事前に知らせを受けていた侍女が立っていた。この侍女はルベリアの者だ。アルヴィスの姿を見て、深々と頭を下げる。
「お待ちしておりました、アルヴィス殿下」
「あぁ。カリアンヌ王女は?」
「中で殿下を迎える準備をしておりますとのことです。マラーナなりのおもてなしをすると仰って、私たちは外にと」
カリアンヌ自身も侍女は連れてきている。ルベリア側の侍女は、橋渡しをするのが主な役割。実際の身の回りのことは、連れてきた侍女たちがする。そのためいなくとも不都合はないのだが、わざわざ部屋から出す必要もない。しかし、相手は来賓。従うのが、侍女だ。
「わかった。取り次ぎを頼めるか?」
「はい。ご案内致します」
部屋の位置は知っているが、アルヴィスが扉を開けるわけにはいかない。侍女の後に付く形で部屋の前まで来ると、アルヴィスはディンに目配せをした。ディンも頷くことで、返事をする。
侍女がノックをして伺いを立てると、声はすぐに返ってきた。ガチャリと開けられた扉からは、女性が一人出てくる。見覚えがないので、ルベリアではなくマラーナの者だろう。似たような侍女の格好をしているので、カリアンヌの侍女かもしれない。その場で腰を折り頭を下げてきた。
「マラーナの者か?」
「はい、王女殿下の侍女をしております、ナダラと申します」
声をかければ、頭を下げたまま答えが返ってくる。アルヴィスが頭を上げるように告げれば、ゆっくりとナダラが顔を上げた。
「中へ、ご案内致します」
「わかった」
「あの……一つだけ殿下から頂いているお願いがあるのですが」
「何だ?」
「……王女殿下は、王太子殿下とお二人でお話をしたいと申しておりましてっ」
ナダラがそう言うと、ディンがナダラを睨み付けた。視線を受けたナダラは、肩を震わせる。
親密な関係でもない男女が、部屋で二人きりになることは常識的に考えてあり得ない。ましてや、マラーナに良い噂は聞かないのだ。そんな中、護衛を置くなというのは無礼にも程がある。ディンの鋭い視線が弱められることはなく、ナダラは段々と青ざめてきていた。
カリアンヌの希望を受け入れるか否か。アルヴィスは考えるように黙った。
周囲に沈黙が広がる中、アルヴィスは静かに口を開く。
「……わかった」
「アルヴィス殿下っ!」
「今回だけだ。二度はない」
「しかしっそれでは――」
「ディンはここに。変化があれば、多少の無粋は許可する」
「……」
「彼女を責めても、考えは変わらなさそうだからな」
納得していないディンに、アルヴィスは苦笑する。しかし、ここで頑なに拒否していては王女一人を恐れている臆病者だ。己一人が悪く言われる程度は構わないが、アルヴィスの評価はそのまま国へと繋がる。ルベリアが馬鹿にされるわけにはいかない。
「ディン」
もう一度強く名前を呼ぶと、ディンは深く息を吐き出す。その表情には、不満だというのがありありと現れていた。少なくない時間を過ごした関係なので、ここでアルヴィスが退くことはないということもディンはわかっているのだろう。
「……わかりました。ここは、従います」
「助かる」
渋々下がるディンの肩に軽く触れると、アルヴィスはナダラに頷く。
「これでいいか?」
「……寛大なお心に感謝致します。ありがとうございます、アルヴィス殿下」
本来ならば簡単に許可が下りるようなことではないことをナダラも理解しているのかもしれない。
案内してくれた侍女とディンを残し、アルヴィスは部屋の中へと入る。カリアンヌが待っているのは、奥にある部屋だ。ナダラが扉を開けると、仄かに甘い匂いが鼻を擽った。
「お待ちしておりましたわ、アルヴィス殿下」
「……招待ありがとうございます、カリアンヌ王女」
薄い桃色のドレスを纏ったカリアンヌは、裾を持ち上げて挨拶をしてくる。合わせて、胸元に手を当ててアルヴィスも挨拶を返した。
「カリアンヌ王女」
「はい」
「このようなことは、今回だけにして下さい」
「このようなこととは何のことを仰っておられます?」
頬に手を当てて首をかしげるその様子は、見る人が見れば可愛らしく映るだろう。だが、アルヴィスにはわざとらしい仕草にしか見えなかった。
カリアンヌは、己の容姿を理解している。全て計算した上で、行っていることだと考えるべきだ。
「私と二人でと、侍女に指示をしたことです」
「まぁ、そんなことお願いしていませんわ。ナダラ、貴女が殿下にお願いしたの?」
「え……は、い。差し出がましいことをして、申し訳ありません」
案内してくれたナダラは、カリアンヌへ頭を下げる。チラリと視線を動かせば、お腹辺りにある両手は震えていた。
「全く仕方のない人ね。……申し訳ありません、アルヴィス殿下。ナダラは、私の想いを知っていたので良かれと気を利かせてくれたのでしょう。どうか、私に免じて許して頂けませんか?」
「……ナダラ殿を責めるつもりはありません」
元よりナダラに対しては、何も思うところはない。更にカリアンヌが王女として、侍女の不手際を謝罪している。これを受け入れないことは出来ない。
「お噂通り、お優しい人なのですね。ありがとうございます。ナダラ、もういいわ。下がっていて」
「は、はい。失礼、致します」
別の侍女に連れられて、ナダラは下がっていく。ここで、他の侍女たちも全員いなくなった。即ち、カリアンヌとアルヴィスだけが部屋に残されることになる。
「さぁ、せっかく来てくださったのです。まずは、お茶にしましょう。どうぞ、お座りください」
「……失礼します」
カリアンヌに促され、アルヴィスは用意された椅子へと座った。




