閑話 その時王女は
建国祭でのリティーヌの役割は、ただただ来賓を楽しませるように会話を繋げることだった。母は側妃であるため参加せず、キアラは幼いので参加出来ない。ジラルドは廃嫡されているので論外だ。更に言うと、ジラルドの母である王妃は、既に気分が悪く下がってしまっている。本来なら王妃が担う役割をするのは、リティーヌの仕事となっていた。
そんなリティーヌは、今イライラが頂点に達している。事の発端は、スーベニアの女王との会話だ。
スーベニアの女王シスレティアが、アルヴィスに絡んでいたのはリティーヌも見ていた。その時は、シスレティアの行動に不快感は抱かなかったのだ。しかし、実際に話をしてみると評価は一変した。
話題は、要約すると如何にスーベニアが崇拝している女神が凄いかである。
リティーヌは王女で継承権はない。だが、アルヴィスの従妹であることは周知の事実。ルべリア国内の貴族では、アルヴィスとリティーヌが親しいことは知れ渡っていることだ。どこからかシスレティアは、それを聞いたのだろう。
最終目的が、リティーヌの同意を得てアルヴィスへの説得に利用したいというのがあることくらいは、馬鹿でもわかること。笑って頷いているのは、ただの社交辞令だ。シスレティアの在位期間は短くはない。その程度は理解しているだろう。ならばリティーヌに話をすることで得るものは何か。思案するが、リティーヌには考え付かなかった。
長いシスレティアからの話が終わると、来賓たちも各自でパーティーを楽しみ始めた。一通りの仕事は終わりと考えていいだろう。近くの近衛に声を掛けると、リティーヌは頼りになる叔父の元へと向かった。
「ラクウェル叔父様」
「リティーヌ、どうかしたのか?」
「少しご相談があるのですが」
「相談?」
眉を寄せるラクウェルに、リティーヌは周りを見て聞かれることのない程度の声の大きさに抑えて、シスレティアとのことを話した。すると、ラクウェルは深く息を吐く。それはまるで呆れているようだった。
「叔父様?」
「……スーベニア女王が、その奥に何を抱えているのか見せることはないだろう。リティーヌが不快だと感じたのも、無論理解している筈だ」
「では何故……」
「さぁな。そこまでは私にもわからん。ただ……」
「ただ?」
話ながらラクウェルは、視線をリティーヌから外した。リティーヌは、その視線の先を追う。視線の先にいたのは、アルヴィスだ。
「スーベニアにとって、女神というのはかなり重要度が高いということだ。あいつを知るために、探りを入れているのかもしれん」
「探り、ですか……」
どの様な手を使えばスーベニアにとって良い状況にもっていけるかを模索している。ラクウェルが話しているのは、そういうことだ。ならば、例の婚約話も断られたとしても、スーベニアにとっては問題視することではないということなのだろうか。
スーベニア聖国は、宗教国家。元々、宗教とは人々の拠り所のひとつでしかない。ルべリアをはじめとした国々は、儀式的な場合でしか聖堂を利用することはないのだ。意図的に政と絡めることを避けているからだろう。
しかし、スーベニアはその逆だ。宗教と密接に関わっている国。主君である女王よりも、女神らを重視している。その宗教自体は、ルべリアも信仰している人々が多いので無視することはできない。スーベニアへの対応は、慎重に成らざるを得なかった。
帝王学こそ学んでいないものの、リティーヌにもそれくらいは理解出来る。そして、アルヴィスが女神と契約したことを内心では良く思っていないことも、リティーヌは知っていた。周囲の国々が騒いでいる理由が、女神の力にあることで更に拍車をかけていることも。
「為政者としては、些か背負いすぎる子だからな」
「……そうしたのは、叔父様たちじゃないですか」
予想以上に低い声が出てしまった。ラクウェルが頼りになるのは本当だ。リティーヌの実の父よりも。しかし、一つだけ納得していないことがあった。それがアルヴィスとのことだ。
ベルフィアス公爵の家庭事情は簡単ではない。特に、長兄のマグリアについては。その煽りを受けたのが、次男のアルヴィスだ。リティーヌでさえ、寂しいと感じた。当の本人はそれ以上だったことだろう。幼少期の経験は、そう簡単になくならないものだ。少なくとも、今のアルヴィスの考え方を形成したのは、ベルフィアス公爵家にある。他人事のように仕方ないと話してほしい内容ではなかった。
そんなリティーヌの様子に、ラクウェルは口許を緩ませていた。
「リティーヌは、あの子のことを本当にわかっているな」
「少なくとも、小さい頃の過ごした時間は叔父様より多いですから」
「耳が痛いことだ。私も、それについては後悔している」
「当然です」
「兄上も、後悔していると思う。リティーヌと向き合ってこなかったことを。ジラルドの件からね」
「今更です」
後悔されてもリティーヌが国王に求めることは何もない。せめて、キアラには父親らしいことをしてほしいと望むだけだ。
パーティーが終わり、リティーヌはスーベニアとのことが頭から抜けず、途中で見かけたアルヴィスの背を追った。父親の執務室に入るのを見て嫌悪感が過ったが、中に入る時のアルヴィスの表情が気になり、してはいけないことだと理解しつつ執務室の扉をそっと開けて中の様子を覗き見るのだった。
前話について色々な感想ありがとうございました!
誤字・脱字報告もありがとうございます。




