16話
あまりにも鬱展開ということで、早めに投稿します。
カリアンヌとのダンスを終え戻ろうとした時、少し離れた場所にエリナの姿が見えた。ガリバースと一緒のようだ。二人に近づくと、声が聞こえた。
「だ、だが……アルヴィス殿が私の所に嫁ぐように言ったなら、どうするのだ?」
どういう話をしているのか。その会話だけで理解する。どうやら、カリアンヌがアルヴィスにしていたようなことを、今度はガリバースがエリナに告げているらしい。
それ以上に気になったのは、ガリバースがエリナの腕を掴んでいることだ。ダンス終わりで人が動いている場とはいえ、人の目がある場所。良い状況ではない。アルヴィスは動いた。
「……もし、アルヴィス様が王太子として下された決断ならば、私はそれに従います。私は、ルべリアの貴族ですから」
「ならば、私と――」
「そこまでにしてもらえますか」
ガリバースの腕を掴むと、エリナから引き剥がす。そうしてエリナの前に立った。
「ガリバース殿、マラーナではどうか知りませんが……ここはルべリアです。安易に女性へ触れることは、許されません」
「それは……いや、だが」
「失礼します。行こう」
「は、はい」
まだ何か言い募ろうとしているガリバースを無視して、アルヴィスはエリナの手を引く。そうすれば、エリナはアルヴィスの後を付いてきた。
人垣を抜け会場から出たところで、アルヴィスは足を止める。顔を見ないまま、アルヴィスが口を開いた。
「エリナ」
「はい」
「先ほどのは、君の本心か?」
「えっ?」
ガリバースとの会話。そこでエリナは、アルヴィスが王太子として――即ち、国の為に判断したことならば従うと話していた。何もおかしいところはない。だが、アルヴィスは何かが引っ掛かっていたのだ。改めて確認してしまうほどに。
「俺が決めれば、君はそれに従うのか? それが意に沿わないことだとしても」
「……従います」
「……そうか」
当たり前だが、是という答えだった。
アルヴィスが国王に命令されれば、きっと同じ答えを返すだろう。それが、国益になるのなら尚のこと。もし、今の地位にいなくともアルヴィスの答えは変わらなかった筈だ。
それでも引っ掛かりを覚えたのは、エリナに躊躇いが見えなかったからなのだろうか。それはどうしてなのか。アルヴィスは、自問し続ける。
それから恙無くパーティーが終わると、アルヴィスは国王と二人で執務室にいた。今回のパーティーで起きた事を報告するためだ。主だったものはマラーナ、そしてスーベニアの動きについてとなるが。
黙ったまま話を聞いていた国王。一通り話が終わると、座っていた椅子から立ち上がった。そのまま窓際へ立つと、アルヴィスへ背を向ける。
「お前の判断は、どうなのだ?」
「利益を考えるならば、悪いことばかりではないと思います。ですが……」
「気は進まない、か」
「それにこの話、俺が契約者だから来たものに過ぎません。あちらが求めるのは、俺一人です」
マラーナもスーベニアも、ルべリアとの繋がりを求めているわけではない。結局、アルヴィスが問題なのだ。女神とのことがなければ、横入れをしてくることもなかった。アルヴィスの立場が、王太子であるから婚姻という手段を用いているだけで。
「伯父上……無礼を承知でお聞きしたいのですが」
「何だ?」
国王が振り向く。アルヴィスは国王と視線を合わせると、言葉を告げた。
「もし、俺が王太子でなくなった場合、エリナはどうなりますか?」
「アルヴィス……」
アルヴィスが王太子となったのは、エリナと婚約できる上位の王位継承者がアルヴィスだったから。王族の身勝手な破棄により、リトアード公爵令嬢のエリナに、傷をつけるわけにはいかなかったからだ。何の落ち度もないエリナを守るためでもあった。
しかし、ここにきてアルヴィスは厄介な立ち位置に追いやられてしまった。この力がある限り、アルヴィスは王太子でなくともスーベニアからの接触は避けられない。リリアンからの情報も無視はできない。アルヴィスが王太子の地位にいる限り、国を巻き込むことは必至だ。近くにいるエリナも同様に。
アルヴィスの様子に、国王は眉を寄せていた。それでも、仕方なくといった風に口を開く。
「二度も破棄することは、エリナ嬢に問題があると言っているようなものだ。恐らくは、王家ではなく別の貴族家に嫁がせることになるだろう。その場合、お前の評判は地に落ちる。次期はベルフィアス公爵家へ王位は移ることになるだろうな」
「……公爵家への影響は?」
要するに、王弟のベルフィアス公爵家の血筋が、今後王家となるということだ。しかし、アルヴィスもベルフィアス公爵家の者。もし、アルヴィスが王太子でなくなるとすれば、民衆から反感を買うことも可能性として低くない。
「お前が引く理由次第だろう」
「そう、ですね」
「……本気、ではないだろうな?」
ここまでは、あくまで仮定の話。万が一のことだ。現状、そうしなければならない訳ではない。とはいえ、あり得ない話を持ちかけるようなアルヴィスではないと、国王は知っている。
その言葉には、馬鹿なことを考えてはいないかという確認の意も込められていた。
「……ガリバース殿がエリナに絡んだのは、俺にも原因があるようです。マラーナ宰相が唆したのでしょう。兄の話では、気に入った女性を何人も抱えている様ですから」
「確かに良い噂は聞かん人物だ。王太子としているのも、その扱いやすさからだとは思うが」
既にマラーナは、宰相が担っているようなもの。カリアンヌはまだわからないが、ガリバースよりは頭が回る人物かもしれない。そのカリアンヌも、宰相の指示で動いている始末だ。マラーナ王族に、実権はないものと考えても良いだろう。その様なところに、エリナを嫁がせることなどあり得ない話だ。少なくとも、アルヴィスの中では。
「だが、それとお前が王太子の立場を引くのは別の話だ。マラーナがどうであろうと、ルべリアに関係はない」
「そうです。しかし――」
「考えすぎだ、アルヴィス。大局ばかりを見て、今のお前は根本を見失っている。お前が一番に考えるべきは何だ?」
「……」
珍しく怒気を含んだ国王の声に、アルヴィスは言葉に詰まる。これまでも負わせてしまったということから、国王はアルヴィスへきつく出ることはなかった。これが初めてと言えるだろう。
アルヴィスは動揺しながら、己の答えを述べる。
「……ルべリアです」
「そうだ。政務に携わって一年にも満たないお前が考えることは、ルべリアのことだけでよい」
「しかしっ」
「アルヴィス・ルべリア・ベルフィアス」
「……っはい」
突然、名前を呼ばれてアルヴィスは反射的に背筋を伸ばした。
「その名前の意味……軽んじることは許されない。お前が王太子なのは、確かに状況によるものが大きい。だが、都合が良い立場にいたからという理由だけで、お前を選んだ訳ではない。余も、それにラクウェルも……お前ならば任せられると判断したからだ。それを安易に考えるな。いい加減にしろ!」
「伯父、上……」
言い終えると国王は、そのまま執務室を出ていってしまった。残されたアルヴィスは、拳を握りしめる。ふと、過去の記憶が甦り、目を閉じた。
『貴方が公子だからよっ! それ以外に貴方を求める理由なんてないっ』
甲高い声で叫ばれた言葉。王弟の息子、公爵家の次男、それだけが己の価値だと言われた。選りにも選って、それはアルヴィスが初めて愛した女性だった。
『貴方がいなければ、私はこんな目に遭わなかったっ! 全部、貴方のせいよ! 貴方なんか――』
「結局、俺は昔から変わらないということか……」
「何が、変わらないの?」
「っ……リティ」
突如声がしたかと思えば、いつの間にか来ていたのか後ろにリティーヌが立っていた。腰に手を当てている様子から、怒っているようだ。
「何故、ここにいる?」
ここは国王の執務室。父を嫌っているリティーヌが訪れるような場所ではない。偶然ということはないだろう。
案の定、リティーヌは目を泳がせた。誤魔化す理由を探しているのだろうが、もう遅い。アルヴィスはため息を吐いた。
「いつからだ?」
「た、立ち聞きするつもりはなかったのよ。気になっただけ」
「そうか……それで、俺に何か用なんだろ?」
「……お兄様」
話を聞いていた上で、わざわざ姿を見せたのだ。アルヴィスに用事がある以外にない。苦笑しながら待っていると、リティーヌはゆっくりと歩み寄ってきた。
「お兄様……失礼しますっ」
「ぐっ」
リティーヌが大きく手を振り上げたかと思うと、そのままアルヴィスを殴りつけた。平手打ちではなく、拳である。鍛練に加わったことのあるリティーヌの拳は普通の令嬢よりも硬い。踏ん張ったものの、アルヴィスは思わず膝をついた。口の中には鉄の味が残っている。
「……」
「殴られた理由は、わかる?」
「俺の不甲斐なさ、か?」
「私は、少しだけお兄様の事情は知っているつもり。お兄様が自分を大事にしないのも、いつも周りを伺って動いていることも」
「……」
「でも……でも、もう止めてよ! 貴方は王になるんでしょ? いつまで後ろ向きでいるのっ! あの人はもういないじゃないっ! 自分が我慢すれば全てが解決するなんていう立場じゃないでしょっ! そんなお兄様の事情に、エリナを……皆を巻き込まないでっ!」
「そんな、つもりは……」
「ないって言いきれる? さっきのは何? 王太子を辞める? 簡単に言わないでっ! どれだけエリナが苦しんでいたのか知っているでしょ? 同じ事をお兄様がするの? 今度は好きな人にエリナは捨てられるの? 人として最低よっ!」
「……リティ」
怒りながらもその瞳には涙が溢れていた。その怒りは、エリナの為。そして、アルヴィスの為なのかもしれない。
アルヴィスは俯いた。そして、リティーヌの言葉を脳裏に繰り返す。
確かに、リティーヌの言うとおりだ。ジラルドにされた仕打ちを、アルヴィスも行うことになる。だが、その行為はジラルドよりも最低なものだ。何より、アルヴィスは感じている。エリナがアルヴィスを慕ってくれていることを。知っていながら、同じことをするのだ。最低と言わずして何と言うだろう。
リティーヌは、アルヴィスよりも王族の立場の重みを知っている。だからこそ、アルヴィスの態度が腹立たしかったのかもしれない。いつまでもどこかで引いているアルヴィスの在り方が、許せなかったから暴挙に出たのだろうから。
「エリナはね……本当にお兄様を大切に想っているの。お兄様もわかるでしょ?」
「あぁ」
「なら、手離さないでよっ! 一人の人間を幸せに出来ない人に、国民を幸せに出来ると思うの? 出来ないでしょ? お兄様は公爵家の次男じゃないのよ! ルべリアの王太子なのっ! わかってよ……おねがいだから」
泣き崩れるように座り込むリティーヌに、立ち上がったアルヴィスが近づく。泣いて震える肩に触れようとしたところで、アルヴィスは手を止めた。
リティーヌを泣かせたのはアルヴィス自身だ。何とかしてアルヴィスの考えを正そうと、思いの丈を吐き出したのだ。恐らくは、ずっと思っていたのだろう。アルヴィスの考えは間違っていると。告げなかったのは、アルヴィスが気付いてくれるのを待っていたからなのかもしれない。
「すまなかった……」
「謝らないでっ! ちゃんと行動で示してっ!」
「リティ」
「でなきゃ許さないっ」
未だ涙が残る瞳で、アルヴィスへ鋭い眼差しを向けるリティーヌ。リティーヌは、一度言ったことは絶対に曲げない。アルヴィスも頑固ではあるが、リティーヌも相当だ。
アルヴィスは、リティーヌに向けてコクリと頷いた。
「約束する……エリナは手離さない」
「じゃあ、正直に答えて」
「?」
「エリナのこと、好き?」
誤魔化しは許さない。この状況ではアルヴィスも降参するしかないだろう。
怪我をして臥せってからこれまでの関係を振り返る。エリナを喜ばせたいというのは、アルヴィスの中に間違いなくある感情だ。未だ追い付いていない部分はあるものの、ガリバースが触れている場面を見て不愉快だったのも確かなこと。ならば、答えは既に出ている。
だから、アルヴィスは素直に答える。
「あぁ……好きだ」
明日は投稿しません。次回は、恐らく火曜日になるかと思います。
アルヴィスが殴られるのをやりたかったのです。長々と引っ張って申し訳ありません……




