6話
その翌日、朝食の場に行くと、既に国王夫妻が席に座っていた。上座となる正面に座るのが国王、その右隣が王妃。国王の左隣がアルヴィスの席だ。王太子、即ち次期国王ということで、アルヴィスは王女らが居る時も、彼女たちより上座に席を用意されている。
「おはようございます、伯父上、伯母上」
「あぁ、おはよう」
「おはよう、アルヴィス」
軽く頭を下げてからアルヴィスは中に入り席についた。
「アルヴィス、気分はどうだ? 昨日は疲れが出たと聞いたが」
「はい、ご心配をお掛けして申し訳ありません。ゆっくりと休みましたので、大丈夫です」
「そうか……ならよいが」
「あなた、アルヴィスはまだ困惑しているのですから、そう何もかも詰め込まなくとも良いのではないですか? ……あの子の不始末だというのに」
王妃は今回の件で一番ショックを受けている一人だ。話を聞いた時は、ショックのあまりその場で倒れたらしい。直後の数日は、食事も喉を通らず寝込む日が続いていたので、食事を摂るようになった今でも少し顔色が悪い様に映る。食欲もそれほどあるわけではなく、食事はいつも少量だった。一人息子だったのだから、仕方のないことかもしれない。
王妃の子どもはジラルド一人。他の王女は側妃の子どもだ。側妃と王妃の関係は悪くないと聞いているが、実際に見たことはないので真偽のほどはわからない。食事は私的な場に当たるので、側妃よりも王妃を優先しているということなのか、この場に側妃が姿を現すことはなかった。実際、アルヴィスの実家でも第2夫人は別邸にいるのが普通だったので、特に何か思うところがあるわけではないのだが。
アルヴィスが席についたことで、食事が運ばれてきて朝食が開始される。静かな空間の中で朝食を終えたところで、国王が口を開いた。
「アルヴィス」
「はい」
「昼前にはラクウェルが到着するそうだ」
「父上が?」
ラクウェル・ルベリア・ベルフィアス公爵。国王の弟で、アルヴィスの父だ。父が王都に来るとは聞いていなかったが、よく考えれば当然なのかもしれない。手紙のやり取りだけで済む事案ではないのだから。
「昼食は共にできるだろう」
「……わかりました」
「今日から教育が始まるが……ベルフィアス家ではどの程度まで学んでいた?」
「程度と言われると答え難いですが、父上が学んでいたのに合わせて兄上と私も教育は受けています」
「……なるほどな。なら、それほど必要ではない、か」
王族の血筋ということから、多少なりとも帝王学は学んできた。それが必要になるとは考えなかったので、きちんと身についているかどうかは怪しいものだが。
その後、予定の確認をして解散となった。
今日からアルヴィスは本格的に動き始める。ジラルドが使用する予定だった執務室に足を踏み入れると、机の上には書類が置いてあった。積み上がっているようだ。
「……これはジラルド様がおやりになるはずだったものです、アルヴィス殿下」
「そうか……」
案内役としてアルヴィスの側にいるのは、ジラルドの侍従を務めていた青年ヴィクターだ。代々騎士団長を輩出している伯爵家の次男であり、ジラルドが幼い頃から一緒に過ごしていた幼なじみのようなものらしい。年はアルヴィスと大して変わらない。
書類を手に取ると、それは学園における警備や諸費用の申請書だった。他には騎士団の遠征についてのものがいくつか置かれている。どれも放置されてから一月は経過していた。即ち、ジラルドが公務を放棄していた事実に他ならない。
「いつから、ジラルドはやっていなかった?」
「……寮からお帰りにならなくなったのは、ここ2ヶ月のことでございます。それまでは……こなしておりました」
「嫌々、か?」
「それは……私の口からは申し上げられません」
口ごもっていることから、アルヴィスの予想は間違ってはいないだろう。エリナとの件以外にも、公務を滞らせていたとは、初耳だった。
「重要なものを伯父上が回しているとは思わないが、それでも滞らせては困る方々がいる。それを諭すのが役目だと思うが」
「……ごもっともです」
「聞く耳を持たなかったのか?」
「それは……」
ヴィクターの回答に、アルヴィスは深く息を吐いた。
これからジラルドを教えていたという教師が来るらしいが、それよりもこれをどうにかするのが先ではないのか。
「伯父上はご存知なのか?」
「っ……いえ」
「全く……」
思わず頭を抱えるが、過ぎたことでヴィクターを責めても何にもならない。この状況をどうするべきか。
その時、ちょうど扉をノックする音が届いた。アルヴィスはヴィクターに目配せをする。ヴィクターが動いて扉を開けた。
「失礼しますぞ」
「貴殿は……ユスフォス卿か」
齢はもう60を過ぎているという前ユスフォス公爵当主であった好好爺である。アルヴィスも何度か話をしたことがある人物だ。
「ほぉっほぉっ、お久しぶりでございますなぁ、アルヴィス様」
「ご無沙汰をしております。まさか、教育係というのは」
「その通りじゃ。と言っても、アルヴィス様には不要かもしれんがの」
「そんなことはありません」
ソファへ座るよう促すと、アルヴィスもその正面に座った。
「ユスフォス卿」
「アルヴィス様、わしは既に隠居した身じゃ。ただの爺で構わんよ。ジラルド様もそう呼んでおった」
「……そういうわけには」
「わしなんぞに気を遣う必要はあるまいて。アルヴィス様は、王となられるのじゃからの」
「……」
言われていることは間違ってはいない。それでも、幼い頃から教育を受けていたジラルドと、既に成人しているアルヴィスとでは状況が全く違う。素直に呼ぶことなど出来るわけがない。
「……ユスフォス老、で勘弁して欲しいのですが」
「妥協案ですな……それの方がアルヴィス様らしいですが」
目尻にシワを寄せて、ユスフォス老は笑っていた。