13話
先に、この状況に耐えられなくなったのは、ガリバースの方だった。カリアンヌをシスレティアから離そうと半ば無理矢理腕を引っ張り、場所を移動する。不自然過ぎるやり方だった。
「全く、大した王太子殿ですわね。アルヴィス殿も、婚約者殿を不躾に呼ぶなど、不快でしたでしょう」
「……まぁ」
存外にアルヴィスを非難していることは読み取れる。相応しくない態度を取ったのだ。アルヴィスが指摘しても良かったはず。それをしなかったことは、シスレティアから見ても好ましい態度ではなかったということだ。そのことをアルヴィスは否定することは出来ない。
アルヴィスの様子から己の意図は通じたと判断したのか、シスレティアは扇をバサッと開き話題を戻してきた。
「それにしても……もう少しスマートに出来ないものでしょうか。そう思いませんか、アルヴィス殿」
「……そう、ですね」
結局アルヴィスは動かなかった。如何に不自然とは言え、先に動いたのはガリバースだ。一方的にガリバースを非難することは出来ない。シスレティアにはそんなアルヴィスの考えはわかっていたのか、うふふと笑う。
「然り気無く婚約者殿をこの場から離したのでしょう。同じようなことは、あの王太子には出来ませんよ」
「……ご挨拶出来ずに、申し訳ありません」
「構いません。妾が話したいのは、貴方一人ですから」
それはそれで問題発言なのだが、指摘する者は誰もいない。パートナーを紹介しないということは失礼に当たる。だが、シスレティアはそれ以上にアルヴィスと話をすることに重きを置いていたようだ。その理由が思い当たるだけに、いい気分ではない。
扇を閉じると、アルヴィスの腕に手を添えた。
「女王」
「アルヴィス殿が次期殿でなければ、我が国へお招きしたのですが」
「この地位にいなければ、契約などしていません」
「因果とは、そういうものですから致し方ありません。ですから妥協を求めているではありませんか」
「……女王、貴方は」
話し声は小さく、周囲に聞かれることではない。内容が内容だけに有難いものだが、そうすると自然とシスレティアとの距離が近くなってしまう。
会場には多くの来賓の目がある。それに、エリナも傍を離れてはいるが会場内にはいるはずだ。疚しい事があるわけではなくとも、婚約者がいる状態で他の女性と親しくすることは良くない。加えてシスレティアは未婚なのだ。
腕に添えられた手をそっと放すと、アルヴィスはシスレティアを正面に見据えた。
「お戯れは止めて下さい」
「紳士なのですね」
「彼女に要らぬ不安を与えたくありませんから」
「政略なのでしょう? ならば、妾の提案の方が国へ利をもたらすとは思いませんか?」
明確な書案が在るわけではない提案。暗に示しているだけの話だ。国王からは、アルヴィスに一任されている事項の一つでもある。他国に現れたという女神の契約者との結婚。シスレティアとの結婚ではないということで、仲介という形を取っているのだ。
「数十年に一度とも言われる貴重な力。世界へ与えるべきものでしょう。かの女性が不足とは申しませんが、国を担う者として己の幸せだけを望むことは許されない。違いますか?」
「……」
エリナとの結婚は、幸せを追求したものではない。しかし、事情を話したところで結果は変わらないだろう。シスレティアが言っているのは、女神の力を持つ者は国外と繋ぎを持つべきだということ。アルヴィスが望む望まないは関係ないのだから。
「女王の仰ることも、為政者の考えとして否定はしません」
「では――」
「ですが、女神の力だけが世界の力ではないはずです。それに頼ることが正しいことだとは……私には思えません」
「人々の信仰を否定するというのですか?」
「そうではないのです。女神を否定してはいませんから」
立太子の儀式に於いて宣誓した時、アルヴィスは声を聞いていた。あれはルシオラの声だったのだろう。確証はないが、アルヴィスの右手甲にある紋章が何よりの証。女神は確かに存在しているのだ。
しかし、それを重視し過ぎるのは危険だ。スーベニアのような宗教国家は他の国々よりも女神が身近にあるものかもしれないが、他国ではそうではない。あくまで信仰の対象として在るべきだと、アルヴィスは思っていた。ここに力があったとしても、その考えは変わらない。
「アルヴィス殿……いえ、アルヴィス。女神の力は不要なものだと考えますか?」
「……」
少しだけ声色を低くしたシスレティアからの問い。これにアルヴィスは、小さく首を横に振った。
「人に支えが必要だということは、理解しています」
「……それが、貴方の答え、ですか。賢い選択とは思いませんね」
「そうですか」
シスレティアの案に乗ることは、ルべリアにとって利ばかりではない。無論、シスレティアもわかっている筈だ。それでもどこか不機嫌に見えるのは、アルヴィスの回答が気に入らなかったのだろう。女神に心酔しているというスーベニア聖国の女王だ。少しでも女神を否定したことも関係しているのかもしれない。
「わかりました。今は引いて差し上げます。ですが、妾は世界の為に動いているのです。肝に銘じておきなさい」
スタスタと背中を見せて去っていくシスレティアを見て、アルヴィスは深く息を吐いた。
「……やりにくい相手、だな」
相手の動きを読みながらの会話は、政治交渉と同じだ。ある意味でアルヴィスの手腕が試される場でもある。どのような相手でも、引くわけにはいかない。
一息つくと、アルヴィスは国王らがいるテーブルへと向かうのだった。
一方で、シスレティアは再び扇で口許を隠し、バルコニー近くへと移動していた。視線は、国王と話すアルヴィスへと向けられている。側にはエスコート役として来ていた騎士が控えていた。
「マラーナのような愚か者ではないとは思っていましたが、中々芯が太い人物のようですね。政務に携わって一年も経たないとは思えません」
「陛下?」
「やり方を変えましょう。マラーナ側も何かある様子。それを見てからでも、遅くはありません」
「はっ」
「さて、お手並みを拝見させてもらいますよ」




