10話
エリナの部屋を後にしたアルヴィスは、その足で近衛隊の詰所へと向かった。
建国祭の近衛隊は、とにかく多忙だ。本来は王族を守るのが仕事であるが、この時ばかりは他国の来賓たちにも目を配らなければならない。特に、隊長のルークと副隊長のハーヴィは毎年忙しくしている。
アルヴィスが顔を出せば、ハーヴィが数人の近衛隊士を前に指示出しをしているところだった。
「公国の方は、未だ報告がありません。至急上げるように催促をお願いします。あと、騎士団との連携についてですが」
ハーヴィの指示に素早く対応する近衛隊士。一通りの指示を終えたところで、ハーヴィに声をかける。
「ご苦労様です」
「お待たせして申し訳ありませんでした、殿下」
「いえ、優先すべきはそちらですから」
「ありがとうございます。あと、此方が現状での報告状況になります」
ハーヴィから手渡された書類に、アルヴィスはサッと目を通していく。書類に記載されているのは、来賓らが連れてきた護衛兵や侍女の数をはじめとする情報だ。事前に報告を受けたものとズレがないかや、持ち込んだ荷物に不審な点はないかを確認する。最終的な確認をするのは、アルヴィスの役割だった。
「私が見たところ、現時点では不審物はありませんでした」
「そうですか」
「ただ気になる点はあります」
アルヴィスは書類から顔を上げてハーヴィと視線を合わせる。
「マラーナ、ですか?」
「……はい。当初より、護衛の数が多くなっています。報告によると、関所に到着前は更に人数がいたとのことです」
何かをしたわけではない。しかし、普通に考えれば不思議に思うだろう。自国では護衛を増やし、他国に入った途端に護衛を減らしてきたのだ。違和感を感じてしまうのは仕方がない。
マラーナとルべリアの関係は対等だ。国力も大きな差がある訳ではない。強いて挙げるならば、先の事件で糸を引いていたのがマラーナの貴族という点で、ルべリア側が多少不信感を抱いているという程度だ。それも貴族単体であり、国家に対してという訳ではないが。
「実際に政を担っているのは宰相殿とはいえ、王族です。友好国だとしても他国で護衛を減らすのは、危機管理が足りないとしか思えませんが」
「カリアンヌ王女は知らないが、ガリバース殿に戦う力はありません。それでも身辺の心配をしている様子は見られませんでした。ということは、宰相殿が何か考えを巡らせていると取るのが妥当ですね」
「少し、マラーナ側に護衛を割きますか?」
ルべリア国内で彼らに何かあれば、困るのはルべリアだ。ガリバースは王太子ではあるが、唯一ではない。弟王子も複数いる。用心に越したことはないだろう。取り越し苦労に終わるならばそれでもいい。ただでさえ面倒事が起きているのだ。これ以上増やしたくはない。
「気付かれないようにお願いします」
「わかりました」
その後、パーティーの警備体制について打ち合わせていると、既にいい時間になっていた。そろそろアルヴィス自身も準備をしなければならない。
「俺は行きます。後はお願いします、副隊長」
「承知しました。あと、殿下」
「? 何ですか?」
「隊長にも言いましたが、もう私は貴方の上司ではありません。ハーヴィとお呼びください。言葉遣いも丁寧でなくて結構です」
「副隊長――」
「ハーヴィ、です」
ニッコリとするハーヴィだが、ハーヴィがこの顔をしている時は大抵が怒っている時だった。有無を言わせない迫力が、その笑みにはある。冷や汗が流れるのを感じた。アルヴィスは観念するしか選択肢は与えられていない。
「ハ、ハーヴィ……すみ、すまない」
「いいえ。それでこれからもお願いします。それも殿下のお仕事です。騎士団長もそろそろ雷を落としてきますよ」
「……わかった。少し、癖になっているみたい、だ」
「仕方ありません。貴族家の次男というのは、そういう立場ですから」
何度も指摘されている言葉遣い。アルヴィスからすれば、丁寧な言葉の方が話しやすい。年齢が上ならば、特に。しかし、それを良く思わない人たちも無論いる。王太子がへりくだった態度を取っていれば、付け入る隙を与えるのだと。
国王からも直すように言われていた。それでも何となく許されていたのは、国王にはアルヴィスに対する負い目があるからだ。今でもアルヴィスに対して、強く何かを求めてくることはしない。だから、周囲がアルヴィスに指摘するのだ。
「まぁ、私から見ると公爵家の方が下位貴族の者に、丁寧に接すること自体が不思議に感じましたが」
「騎士に爵位は関係ないからな」
「……それはそうですね」
家を継ぐのではなく、騎士を選んだ時点で爵位は意味をなさない。全く意味がない訳ではないが、最終的にモノを言うのは実力だ。ルークが良い例である。
「それじゃあ、後は任せる」
「ええ。お気を付けて」
「……あの様なこと何度も起きないが」
「当たり前です。縁起でもないこと言わないで下さい」
再び笑みを深くしたハーヴィから逃げるように、アルヴィスはその場を出ていった。
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