閑話 隣国の兄妹
今日は短いです。
用意された客室に来ると、ガリバースはソファへと腰を下ろす。案内をするためにとルべリアから指示されている侍女には、一旦戻るようにと伝えていた。部屋の護衛にと残されている騎士らを戻すことは出来ないが、侍女らはそうでないらしい。それはガリバースにとっても好都合だった。ルべリア王国側の人間が側にいない方が、話はしやすい。今後のことを想像するだけで、口許がにやけてしまうのをガリバースは止められなかった。
「お兄様、表情が崩れていますわよ? そんな風では、かの令嬢にも引かれてしまいます」
「私は今日を楽しみにしていたんだから、そのくらいは許してくれないか、我が妹よ。お前とて楽しみにしていたのだろう?」
「否定はしませんけれど……あくまで、利を考慮した故の選択です。お兄様とは違いますわよ」
呆れたようにため息を吐くカリアンヌ。その表情は疲労を滲ませていた。無理もないだろう。マラーナ王国からルべリア王国までは、たとえ隣国だったとしても距離がある。途中で宿泊もしてきているものの、やはり自国の慣れ親しんだ部屋ではないというだけで、身体は疲れていくものだ。
ただし、まだルベリア王国へと到着しただけ。カリアンヌにとっての本番はこれからだ。
「宰相からの依頼は、私にとっても僥倖なもの。必ず果たしてみせよう」
「お兄様の初恋が実ることを私も祈っております」
「私に請われて断ることなどあり得ない。むしろ、泣いて喜ぶ顔が目に浮かぶようだ」
「……お兄様、あくまで来賓として来ているのです。礼儀をお忘れなきようにお願いします」
マラーナ王国の代表としてこの場に来ている。ルベリア王国だけでなく、他国の重鎮たちも顔を見せる場だ。王族としても礼を失することなどあってはならない。加えて、今回はあのスーベニア聖国の女王が参加している。心象を悪くするようなことは出来ないのだ。そういう意味で、カリアンヌに課せられた使命は非常に困難なものだった。選択を間違えれば、スーベニア聖国を敵に回しかねない。
「わかっている。お前はアルヴィス殿の相手を頼む。まぁ、マグリア殿と違ってアルヴィス殿は素直そうだがな」
「アルヴィス殿下の兄君ですか?」
「そうだ。あの男の見た目に騙されてはいけない。あの腹黒さは、流石だと言えよう」
「……それはお兄様が単純なだけだと思いますけれど……」
ガリバースは幼少期に何度かルベリア王国を訪れている。その時に相手をしてくれたのが、ベルフィアス公爵家だったのだ。特に、ガリバースとアルヴィスの兄であるマグリアは同じ年齢ということもあって、来る度に顔を合わせていた。
カリアンヌはルベリア王国に来たのはこれが初めてなので、マグリアの人となりは知らない。だが、事あるごとにガリバースが話題に上げてくるため、一方的ではあるが認識はしている。曰く、性格が悪いと。良くも悪くも、ガリバースは隠し事が出来ず思い込みが激しいので、本当にマグリアがそう言った人物なのかは、カリアンヌには判断できない。ただ一つ確かなのは、ガリバースが苦手としている人物ということだった。
本日のパーティーで顔を合わせることになるので、マグリアとも挨拶をしなければならないだろう。先ほど挨拶をしたアルヴィスは、温和そうな人物に見えた。だが、王太子としての手腕は短い期間にも関わらず評価することが出来ると、マラーナの宰相は話していた。
自分の世界に入り込んでしまったガリバースを無視し、カリアンヌは用意されたカップへと手を伸ばす。そこに映る己の顔をじっと見つめた。
マラーナ王国では、美人だと称されるカリアンヌの顔。小柄であり、男性受けする容姿だとカリアンヌも自負している。今回は、これを武器にして挑まなければならない。
「果たして、あのお方はなびいてくれるのでしょうかね。勝負、と行きましょうか」




