8話
バルコニーから中へと戻ると、アルヴィスは足早にその場を去る。式典のための衣装から、出迎えるための装いに替えなければならないのだ。流石に、出迎えをするにしては豪華過ぎる。自室へと駆け込むと、既に侍女らが控えていた。手を借りて白から濃紺へと着替える。
コンコンと扉が叩かれ、扉が開かれればそこにはレックスの姿。
「どうした?」
「あと一時間程度で、到着すると連絡がありました」
「予定通りだな。わかった。直ぐに向かう」
「はっ」
支度の最後に右手へ手袋を嵌めると、アルヴィスは部屋を出た。部屋の外にはディンの姿もある。二人を従えるようにアルヴィスが前に出た。目的地までの案内は不要だ。
王城の門へと到着すれば、そこには数台の馬車が丁度たどり着いた所だった。馬車に印された紋章は、マラーナ王国のもの。事前の報告では、国王代理として王太子と王女の二人が来ることになっている。
馬車から降りてきたのは、長い濃紫色の髪を後ろで束ねている男性。銀を散りばめた礼服を纏ったその姿には、見覚えがある。マラーナ王国の王太子、ガリバース・ギルティ・マラーナだ。彼は馬車から降りると振り返り、馬車の中へと手を差し出す。手を引かれて現れた同じ色を持った女性、ガリバースの妹であるカリアンヌ・ギルティ・マラーナが地に降り立つ。
二人がこちらに視線を向けたのに合わせて、アルヴィスは前に出た。
「ご無沙汰しています、ガリバース殿。ようこそルべリアへ」
「随分と久しい顔合わせだね、アルヴィス殿。7年ぶりか?」
「そうですね」
アルヴィスと相対するように前にガリバースが立つと、手を差し出してくる。白い歯を見せながら笑う表情は、ガリバースの年齢からするとどこか子どもっぽく映る。
ガリバースはアルヴィスの兄と同じ年齢。しかし、見た目だけで言えばアルヴィスの兄よりも大分若く見えることだろう。
そんなガリバースの隣にいたカリアンヌは、ドレスの裾を持ち上げると僅かに腰を落として頭を下げた。挨拶の所作は、とても優雅だ。
「お初にお目にかかります、アルヴィス王太子殿下。マラーナ王国第一王女、カリアンヌでございます」
「ルべリア王国王太子、アルヴィス・ルべリア・ベルフィアスです。歓迎します、カリアンヌ王女」
「光栄ですわ、アルヴィス殿下」
簡単な挨拶を終えたところで、控えている侍女に指示を出し客室へ案内させる。このようなやり取りはまだまだ続いた。
どれくらいの時間が経ったのか。漸く最後の来賓が到着する。アルヴィスはこれまで以上に、気を張った。最後の来賓は、スーベニア聖国からの来賓。その女王たる人物だ。馬車が止められると、別の馬車より降りてきた女性騎士が扉を開ける。馬車の中に手を差し入れ、中にいる人物が引かれるように出てきた。
「ご苦労様」
「お気をつけください、陛下」
足を地につけると手は離される。顔を上げた女王は、そのままアルヴィスを見た。
「貴方がアルヴィス殿下、ですね」
「……アルヴィス・ルべリア・ベルフィアスです。本日は良くおいでくださいました、スーベニア聖国女王陛下」
手を胸に当てて騎士の礼を取るアルヴィス。軽く頭を下げると、女王はゆっくりと歩を進める。そして、アルヴィスの手前で止まった。
何をするのかとアルヴィスが顔を上げると、女王はアルヴィスの右手を手に取る。
「っ!」
「ここに、あるのですね……」
「へ、陛下!?」
慌てふためくスーベニア聖国の騎士たちの声にも、女王は動じない。アルヴィスも手を振り払うことは出来なかった。相手は他国の王である。無礼を働くことは出来ないからだ。更に言えば相手は女性。貴族としても、女性相手に暴力を振るうような行為はしないようにと、アルヴィスは母からきつく言われて育った。だから、アルヴィスに出来るのは事態を見守ることだけだ。
「女神ルシオラ……強いマナを感じます。現世において契約した者へ、歓迎の意を私から与えます」
「何を――」
右手を引っ張られたかと思うと、アルヴィスの頬に柔らかい感触が襲った。一瞬だけだ。直ぐ様離れると、呆然とするアルヴィスに女王は微笑む。
「スーベニア聖国の女王をしています、シスレティア・ルタ・コルフレッドです。数日間、宜しくお願いします、アルヴィス殿」
「……はい」
同じように侍女に案内をさせて女王ら一行が去っていった。その後ろ姿を見送りながら、アルヴィスはため息を吐く。
「はぁ……全く、何を考えて……」
「大丈夫か、アルヴィス?」
アルヴィスの横に立ったレックスからは、丁寧語が消えていた。既に出迎えという公的な仕事は終わりだ。仕事中以外は、いつもの口調でとアルヴィスもレックスへお願いしていることは、共に控えているディンも知っている。それでも、仕事人であるディンは眉を寄せていた。アルヴィスが認めている以上、言葉にすることはないが。
「平気だ。これでここは終わりだから、部屋に戻る」
「少し休める時間はあるんだろ?」
「あぁ。夕方までは」
夕方には、来賓らを招いてのパーティーがある。そこにはルべリア国内の高位貴族も呼ばれていた。伯爵位以上だ。無論、公爵家であるベルフィアス公爵家からはアルヴィスの父と兄が参加する。リトアード公爵も同じように、エリナの父と兄の参加だ。パートナー同伴も求められているが、エリナはアルヴィスのパートナーとしての参加だった。予定では既に城に来ているはずだろう。
「少し休んだら、エリナの所に顔を出す」
「わかった」
「承知しました」
疲れを感じているのは否めないが、まだ始まってもいない。王族として他国とのやり取りは、神経を使う仕事だ。それまでの間、多少なりとも休んでも許されるだろう。
先程の感じた頬の感触を忘れるように拭うと、アルヴィスもこの場を離れるべく歩きだした。
毎回、誤字・脱字報告ありがとうございます。確認が甘くて申し訳ありません。




