7話
数日があっという間に過ぎ、建国祭の日がやってきた。今日の衣装はというと、白を基調とした礼服だ。金糸が所々に刺繍されており豪華な見た目をしている。それだけでなく、それなりに衣装は重量があった。マントを身に着けて準備は完了だ。侍女らがアルヴィスから離れる。
「やはりこのような衣装は、アルヴィス様にとても良く似合いますね」
「はい、良く似合っております」
満足そうに眺めるナリスに、ティレアも同意する。公爵子息としても、それなりに華美な服装を着たことはあった。成人してからは、随分と機会も減ったとは言え、アルヴィスも慣れない格好ではない。ナリスらの言葉も毎度のことだ。今さら照れるアルヴィスでもない。支度が終わったならと、来賓予定の目録に目を通していた。
今日の予定はというと、まずは建国祭の開催宣言が国王により行われる。発言をするわけではないものの、アルヴィスも隣に立っていなければならなかった。その為だけの衣装なのである。その後は、来賓らの出迎えだ。
この日の王都は、厳重な警備が敷かれる。一部の道は封鎖され、騎士団がそこかしこに配置されている。騎士団らが警護する道を進むのが、各国の来賓らが乗り込む馬車である。年に一度しか来ない他国の要人たちを、王都の住人たちは家や道の端から隠れて見るのが恒例となっていた。中には、馬車から手を振るサービス精神旺盛な来賓もいる。それに手を振り返す猛者もいた。賑やかな催しは明日以降に行われるため、この日の王都はひたすら馬車を出迎える日となる。
既に近くの関所等より報告は受けており到着時刻も迫ってきているので、アルヴィスにそれほど余裕があるわけではなかった。王城から王都を見下ろせるバルコニーに向かう。朝早いというのに、バルコニーを見ることが出来る広場には多くの人が集まっているようだ。ざわざわと声が届いている。
外と中を仕切っているカーテンの傍には、既に国王が待っていた。
「来たか、アルヴィス」
「お待たせしてしまいましたか」
「いや、早く来てしまっただけだ。時間よりは早い」
そう話す国王は、どこか顔色が良くなかった。調子でも悪いのかと、アルヴィスは首をかしげる。朝食の時に顔を合わせた時は、特に感じなかったことだ。
「伯父上、大丈夫ですか?」
「……うむ。何でもないのだ。少し、あれと話をしただけでな」
「リティ、ですか?」
「……」
「そうですか」
リティーヌが国王に何か話をした。親娘であっても、リティーヌは国王と接する機会は多くない。どちらかというと、国王とキアラの方が良く会っているだろう。その一番の理由は、リティーヌが国王を嫌っているから。しかし、リティーヌが何を言おうとも聞く耳を持たないのが、国王の――父としての態度だったはずだ。少なくとも、アルヴィスが知っている二人の関係はそうだった。顔色を変えることなどなかったはずである。
「あれは誰に似たのだろうな」
「え?」
「余にも、恐らく母でもない。あれが男児であったなら、良かったと今更ながらに思ってしまう」
小さな声ではあったが、隣にいたアルヴィスには届いていた。
リティーヌが男児であったならば。それは、ジラルドが生まれる前も、生まれてからも幾度となく周囲が感じたことだ。国王は今更と言ったが、本当に今更過ぎる話である。だから、アルヴィスはそれを受け入れるわけにはいかない。
「リティが男だったなら、今のリティではなかった。俺はそう思います。今の状況が、リティを形作った。それを否定なさるのは、如何に伯父上だとしても許しがたい発言です」
「アルヴィス……」
「本人の前では決してその様な話を伝えないようにお願いします。リティに対する、そして伯母上らへの侮辱とも受け取れます」
アルヴィスの言葉に、国王はそうだな、とだけ呟いた。ジラルドの件があってから、随分と覇気が弱くなった。責任を感じているのは当然だろうが、それ以上にリトアード公爵やベルフィアス公爵――アルヴィスやエリナの父からの圧は、かなり強いようだ。
直接言われてはいないものの、退位を促すような声もあるとアルヴィスは聞いていた。
アルヴィスから言わせてもらえば、王族として公務をするようになってから一年も経っていないのだから、暫くはそのままでいてもらいたいというのが本音だ。だが、臣下が付いてこないのならば、王としての責務を果たすことが難しいことも理解している。アルヴィスが出来ることは、一日でも早く多くの公務を一人で裁けるようになることだけ。国王の代わりを務めることができるように。
数分後、カーテンが開かれる。国王が前に出ると、倣うようにアルヴィスも一歩踏み出した。国民の前に公式に出るのは、これが初めてとなるアルヴィス。胸元に手を当てて一礼すれば、国民から声が上がった。
「アルヴィス様~~」
「おぉ!」
貴族であればアルヴィスの顔など見知ったもの。しかし、広場に集まったのは貴族階級にある者たちではないのが殆どだ。中には、近衛隊としてのアルヴィスを知っている者もいるだろうが、少数に過ぎない。
国王が建国祭の始まりを宣言するのを聞きながらも、脳裏に浮かぶのはこれからのこと。それでも、国民の前にいることを意識し、笑みを崩さないように努めるアルヴィスだった。




