6話
遠征を終えて戻ってきたアルヴィス。国王への報告を済ませた後は、半ば強制的に休むよう言い渡されて自室へと戻ってきた。戻るなり挨拶もそこそこにソファへと座り込んだアルヴィスへ、ナリスが声をかける。
「大分お疲れの様でございますね、アルヴィス様。何か甘いものでも召し上がりますか?」
「……いや、いい」
「では飲み物だけご用意いたしますね」
「あぁ、頼む」
「少々お待ちください」
ナリスと数人の侍女たちがいなくなったかと思うと、数分後にナリスだけが戻ってきた。テーブルの上にカップを準備すると、慣れた手付きで紅茶を注ぐ。湯気が立つカップを手に取り、喉を潤した。慣れ親しんだ味わいの紅茶は、戻ってきたということを実感させてくれる。アルヴィスは、ほぅと息を吐いた。
「何か変わったことはなかったか?」
「お手紙が届いておりましたよ」
「誰からだ?」
「一つはオクヴィアス様からです。もう一つは……」
笑顔のナリスが差し出した手紙をアルヴィスが受け取る。差出人を確認すれば、オクヴィアス・フォン・ベルフィアスと書いてあった。そして、更に一通。そこに記された名前は、エリナのものだ。
遠征に向かう少し前にアルヴィスから手紙を出していたが、こうも早く手紙が届けられるとは思わなかった。ナリスの笑みの理由は、間違いなくこれだろう。
踊らされるのも癪なので、アルヴィスはオクヴィアスからの手紙をまず手に取る。オクヴィアスとは、建国祭の装いのことで相談をしていた。アルヴィスの装いは仕来りに合わせた範囲で、王家が既に用意している。問題は、エリナのドレスのことだった。婚約者としてアルヴィスと共に参加する予定となっているエリナのドレスは、アルヴィスが贈ることになっているのだ。
貴族の間では、パーティーなどに参加する場合、男性側が女性へドレスを贈るのは当たり前である。前回は時間がなかったこともあり、アクセサリー程度しかアルヴィスから贈ることは出来なかったが、今回は違う。他国から客人を招いているということを踏まえても、手を抜くことは出来ない。しかし、アルヴィスは女性にドレスを贈ったことがなかった。そのため、母であるオクヴィアスへ相談していたのである。
オーダーメイドで作製するため、リトアード公爵家とも協力する必要があったので、そこはリトアード公爵夫人とオクヴィアスとで擦り合わせをした。アルヴィスがしたことと言えば、話し合いのセッティングとドレスのパターンを選んだのみ。あとは母たちに任せきりとなってしまった。忙しいとはいえ、任せてしまったことに申し訳なさを感じはするが、ドレスなど選んだことがないアルヴィスが手配するよりも、良い物は出来ているはずだ。
手紙の内容は、やはりドレスのことだった。
「完成した、か」
「建国祭のでございますか?」
「あぁ。エリナのドレスが出来上がったらしい。当人は、当日まで着ることが難しいから、それまでのお楽しみだと書いてある」
完成品がどのようなものか。アルヴィスにも想像できない。オクヴィアスはアルヴィスに対して、エリナが身に着けることを楽しみにしていろと、言っているのだ。アルヴィスから言わせれば、公爵令嬢として申し分ないエリナならば、どのようなドレスを着たとしても着こなしてくることだろう。似合わないはずがないと思っている。
一通り内容を確認するとオクヴィアスからの手紙を置いて、エリナからの手紙を手に取る。
内容は、最近の学園でのこと、友人たちの話が書かれていた。あとは、アルヴィスの身を案じるもの。遠征という風には伝えていなかったのだが、王都の外に出るということで不安にさせてしまったらしい。そのまま伝えることが出来ないため、におわす程度にしか手紙には書いていない。それでも何かを感じ取ったエリナは、勘がいいのだろう。何事もなく戻ってきたので、エリナの心配は杞憂に終わった。なら、今回は早めに返事を返して安心させるべきか。
「気遣いばかりでは、上に立った時に苦労するだろうにな」
「そっくりそのまま、アルヴィス様にお返しするお言葉ですね」
間髪いれずに告げられた言葉に、アルヴィスはナリスを見た。ナリスは微笑みながら、カップに新しい紅茶を注いでいる。特に他意はなかったらしい。からかうわけでもない様子に、アルヴィスはため息を吐いた。
「……俺のは気遣いではない」
「我を出すことはなさらない。常に一歩引いて周りを伺う。私共から見れば、アルヴィス様の方が心配でございます」
「……」
「王太子としてのお立場を優先し、国の為ならばとご自身を犠牲にされるのではないかと。私は、それが一番の不安でございます。ひいてはエリナ様を悲しませることになりそうですから」
「国の利益を一番に考えるのは、為政者として当然だ。そこに個人の情が入るのは許されないと思う。エリナは当然として、お前もわかっていることだろう?」
何を当たり前のことを言っているのだと、少し呆れながらアルヴィスはナリスに告げる。
確かにアルヴィスは、幼少期に周りを窺いながら過ごしてきた。次男としての立場を崩さないようにと意識してだ。今は特に気を遣っているわけではない。今の王太子という立場からすれば、当然の考え方だ。
この時のアルヴィスは、ナリスの不安が現実になることなど想像していなかった。
いつも誤字・脱字報告ありがとうございます。
次回からいよいよ建国祭の始まりです!




