5話
最大限の警戒をしたこともあり、以降は特に問題が起きることもなく順調に事が進んだ。この日はここで夜を明かすことになる。
遠征では野営することが基本だ。貴族出身であろうが関係ない。作業を分担してテントを張る。アルヴィスは作業に加わることも出来ずに、大木に寄りかかりながら皆が作業する様を眺めていた。
近衛隊に所属していたこともあるとはいえ、今は王族として同行している。協力したところで問題はないと主張したアルヴィスだが、けじめは必要だとルークに拒否されたのだ。
「誰が文句を言うわけでもないのに、面倒な」
「必要であれば私が言いますが?」
「……必要ない」
「全く、アルヴィス様。敢えて言わせていただきますが、見ていないから良いという訳ではありませんよ。普段から切り分けは必要です。貴方様がそういう態度では、周りへの示しがつきません」
「わかっている。だからこうして何もしていないんだ」
去年まで行っていた作業を行っている元同僚たち。アルヴィスとて、手を出すことが良いことだとは思っていない。近衛隊の仕事は、もうアルヴィスの仕事ではないのだから。ただ、内容を知っているのだから、作業の手は多い方がその分早く終わるのではと思ってしまう。
更に、彼らの腕や顔には、所々負傷箇所が見受けられる。一方、アルヴィスは無傷だ。ならば、怪我をしていない者が行うのが道理だとも感じる。
「身分はともかく……人として、怪我人を動かすことに同意したくない」
「アルヴィス様」
「だが俺が動いては、言われる必要のない非難を浴びさせられることも理解している。だから、せめてこうしているんだ」
既にアルヴィス用のテントは整えられている。休むことも可能だ。それをしないのは、王太子としてではなく、アルヴィス一個人として納得するため。アルヴィスからすれば、これでも譲歩したつもりだ。
「怪我がなくとも、疲労していることに変わりはないだろう?」
離れたところで作業指示を出していたはずのルークが傍までやってきていた。その手には、湯気が立ち上ったカップがある。
「ほら、薬湯だ」
「ありがとうございます」
「ハスワーク、お前さんにも」
「いえ、私は歩いていただけですから」
差し出されたもう一つのカップを前に、首を横に振り断るエドワルド。しかし、ルークはエドワルドの顔前に突き出すようにして、引くつもりはない。有無を言わせないルークに、エドワルドはアルヴィスを横目で見た。アルヴィスはというと、ルークから受け取った薬湯をちょうど飲んでいるところで、助ける気はないことが読み取れる。
「あの……」
「歩いていただけ、じゃねぇだろう? あの今にも手を出しそうな王太子殿下をずっと監視していたんだ。気を張っていたはずだ」
ちらりとルークはアルヴィスへ視線を向ける。戦闘中、加わりたい衝動を抑えていたアルヴィス。その様子を傍でじっと観察し、動きそうならばすぐさま腕を取れるように目を光らせていたエドワルド。一人の人間を長時間監視するという行為は、言葉で語る以上に精神的に辛い。黙っている人間ならばともかく、アルヴィスの場合はそうではなかったのだから。
「薬湯は疲労回復のため、遠征では皆に配っている。ここにいるだけで受け取る意味があるってことだ」
「……わかりました。有難く、いただきます」
「そうしてくれ」
漸く受け取ったエドワルド。ルークは自分のものは取りにいかず、そのままアルヴィスの横に立つ。視線は作業中の部下たちを見たまま、アルヴィスを呼んだ。
「隊長?」
「……今回の件、お前はどう思う?」
「どう、ですか?」
「俺の知る限りにはなるが、王都に近い距離にしては魔物の数が多かった。瘴気が濃いのかとも思ったが、通常の霊水で足りる程度。なら、何故魔物が増えた? 特にこれといった変化はルベリアには起きていないはずだ」
ルークの表情は険しい。王都近くで何か異変が起これば、それはすなわち王都への危機にも繋がりかねない。特に、建国祭を目前に控えての異常は捨て置くことは出来ないものだ。
アルヴィスの脳裏には、ここ最近目を通していた情報が思い浮かんでいた。経験は近衛隊時代のしかないため、情報を得るためには資料を読み解くしかない。その中では過去数十年に於いて、特に憂慮するような事態が起きたという報告はなかった。過去数十年と今年。違いを探すならば、心当たりは一つしかない。アルヴィスは、手袋をはめている右手を胸元まで持ってくる。
「国に起きた異変というなら、心当たりはこれだけです」
「ルシオラの契約、か」
「過去に王家の者が契約した記録はあります。その頃の記録を確認し直す必要はあるかもしれません」
流石にそこまで時代を遡って、確認はしていなかった。もしこれが異変の原因ならば、即ち原因はアルヴィスということになる。ならば、当事者であるアルヴィスが解決すべき事態だろう。
「戻り次第、神殿に赴きます」
「お前自ら行くのか? んなもの、使いを立てれば充分だ。只でさえ、お前は時間が詰まってるはずだ」
「俺の問題ですから」
「アルヴィス……」
譲る様子のないアルヴィスに、ルークは頭をガシガシと掻く。余っている時間は、それほど多くはない。どれだけ時間を割けられるのかはわからないが、王都の安全については最優先で確保しなければならない事項だ。
「アルヴィス様、アンブラ隊長」
「何だ?」
「どうかしたのか、ハスワーク」
二人に声を掛けたのはエドワルドだ。これまで黙って聞いていたエドワルドが、二人の前に立つ。
「アルヴィス様が契約なされたから、なのですか? もしくは、異変が起きたから契約を成さねばならなかったのではありませんか?」
エドワルドの提議に、アルヴィスとルークは目を丸くする。順番が違っているのではないかと。魔物の異変がいつからなのか、確認しなければ判断は出来ないが、確かにエドワルドの言うことも一理ある。その可能性はゼロではない。
「アルヴィス様の責任ではありません。普通に考えるならば、魔物に対する異変が、契約に結び付いたと考えます。よって、国として動くべき事項だと愚考致しますが?」
「盲点だったな。確かにあり得る。なら、陛下に報告した後、騎士団へ調査を依頼する。過去との照合は研究者らに任せればいい。どうだ、アルヴィス?」
「……異論はありません。彼らには通達しておきます」
ルークの提案を断る理由などない。アルヴィスはため息を吐きながらも頷いたのだった。




