閑話 女神と聖国
短くてすみません。
白を基調とした建物。その周囲には湖。まるで湖の上に建てられているようだった。スーベニア聖国の城、その王座にはまるで神官の様な装いをしている女性が座っていた。王座へ続く階下に跪いているのは、甲冑を纏った女性。更に数歩下がった場所には、前の女性とはまた異なった甲冑を纏っている女性たち。この場には女性しかいなかった。
「陛下、先程のお話は本気でございますか?」
「えぇ。是非、会っておきたいのです。豊穣の女神ルシオラ様の神子と」
「ですが、何も陛下自ら動かれる必要は……」
「ルシオラ様は、我らの主である大神ゼリウム様の伴侶でもありました。ならば、どのような人物なのかをこの目で確かめてみたいのです」
にっこりと微笑む女王からは、有無を言わせない圧が放たれていた。常に微笑んでいるスーベニアの女王。その笑みが崩れることは、滅多にない。いずれにしても、女王が下した決断に異を唱えたところで、受け入れられることはないのだ。スーベニア聖国では、女王が絶対的な存在。苦言を呈することが出来るのは、殆どいない。
「妾に異論を申しますか? セラン」
「……いえ」
「うふふ。大丈夫です。何もルベリアに何かをするわけではありません。神殿を訪れる程度は許されるでしょうから、そのくらいは良いでしょう?」
「ルベリアに、通達しておきます」
「お願いしますね」
「はっ、では御前を失礼致します」
頭を深く垂れると、その女性は立ち上がる。続くように後方の女性らも立ち上がり、共に王座の間を出ていった。残されたのは女王一人。誰もいなくなると、女王は口元から笑みを消す。
「全く……ルシオラ様も何をお考えになられているのでしょう。よりにもよってこの時期に……」
手に持っていた扇を開き、口元を隠すと女王は王座から降りた。王座の後ろには、金色の像が建っている。男性と女性の二体の像。その足元へと女王は近づき、そっと手を伸ばす。金色の像の足元には、注意深く観察しなければわからない程度の小さなヒビが入っていた。スーベニア聖国の歴史において、このようなことは一度もない。
そもそもこの像自体も、スーベニア建国当初から在るもので、誰が造ったのかさえも不明なままの代物。王座にあるのも初代から変わらないが、歴代の女王らの中には気味悪がる者もいたようだ。更に、この像は移動させることも破壊することも、傷ひとつつけることも敵わなかった。加えて、その姿はスーベニア聖国が敬愛する女神や大神のものではない、本当に見ず知らずの像が二体。いまや、聖国の最大の謎となって研究者を悩ませていた。
女王として即位してから10年。特に奇異な出来事は起きていないが故に、この像のヒビが気になってしまう。ルシオラと契約を交わした者がいるという情報が入ってきたのも、同じ頃だ。何かを勘繰っても仕方がないだろう。しかもそれが、ルベリアの王太子だというのだから。
聖国の歴代の女王でも、女神や大神と契約を交わしたことはない。だが、ルベリアでは過去にも同じような事例があったらしい。しかも、他国にも同様に信仰している女神と契約する人間が過去に数人現れている。最近では、もう一人。ルベリアの王太子とは別に、契約したという人間の報告が上がってきていた。
「最も尽くしている妾たちではないのが口惜しいですが、それが御意志ということなのでしょうね」
もう一人の契約者は、その国では下級貴族の出である少女。報告書では、体内のマナが膨大で制御出来ずに神殿へ連れてこられたことが、契約のきっかけになったとある。
「ルベリアの王太子とその少女……上手く取り込めれば良いのですが……さて、どう手を打つべきでしょうか」
何にせよ、スーベニア聖国としてこのまま黙っていることは出来ない。どの国よりも信仰深く、女神らを崇めている国……聖国を称している以上、どこよりも先を走らなければならないのだから。
女王は扇を閉じると、クルリと踵を返していった。




