30話
明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。
後宮の玄関口となる一画に造られた応接室。後宮に住む人に会うために用意された場所である。よくある貴族家のサロンと同じくらいの広さがあった。
後宮の侍女にここへ案内されると、アルヴィスはその足で窓際に向かう。ここからはリティーヌの温室が見えるのだ。今日、ここに来ることは伝えていないが、姉妹の間で共有されていても不思議はない。だが、温室にリティーヌがいる気配はなかった。あれでも第一王女だ。それほど自由な時間は多くない。今は勉学の時間なのだろう。
ガチャリ。扉が開く音がして、アルヴィスは意識を戻す。
「アルヴィス殿下、キアラ王女殿下がいらっしゃいました」
「あぁ」
呼び掛けにわかったと答えようと振り返ると、そこには既に息を切らして肩を上下に動かしているキアラの姿があった。まさか既にその場にいるとは思わず、アルヴィスは目を見開く。
「はぁはぁ、アル、お兄様……」
「驚いたな……」
「お兄様っ!」
まだ整わない呼吸のまま、キアラはドレス姿で駆けてくる。扉から窓際まで走ると、アルヴィスの前で止まる。肩を上下させながら呼吸を落ち着かせようとするキアラを、アルヴィスはじっと見守る。やがて、大きく息を吐くとキアラはスッとドレスの裾を持ち上げて片足を少しだけ後ろに下げた。
「アルお兄様、お誕生日おめでとうございました」
「キアラ」
「遅くなってしまったけれど、お祝いさせて下さいますか?」
アルヴィスを見上げる顔は、どこか気持ちを抑えている様に見えた。王女として王太子であるアルヴィスに伝えることを優先したのだろうが、まだまだ10歳だ。感情を表に出したところで、叱るような厳しい人間はここにはいない。
腰を折り目線をキアラに合わせるとアルヴィスは微笑む。
「ありがとう。嬉しいよ、キアラ」
ぱぁっと華が開いたように表情を変えたキアラは、喜びを全身で表現するかのようにアルヴィスの首へ腕を回して抱き着いた。
「おめでとう、アルお兄様っ! 今年はちゃんと受け取ってくれるのでしょ? わたし、お菓子を作ったの。お母さまと一緒に」
「キアラがか?」
「うん! あの日のは食べちゃったけど、もう一度作ったの! 今度は最初のよりキレイにできたのよ。ほら!」
そう言って身体を離したキアラが振り返れば、キアラ付きの侍女が小さな箱を持ってきた。キアラへと手渡すと、そのままアルヴィスの前に差し出される。
期待のこもった視線を受けながら箱を開ければ、そこには茶色のクッキーが入っていた。歪な星形やハート形、そして円形などの色々な形のクッキーだ。料理などしたことがないだろうキアラが一生懸命作ったことは、聞かなくともわかる。
侍女に視線を向ければ、何とも言えないような表情をしていた。それが示すものは、聞かない方がいいのだろう。
本来ならば、毒見をしていないモノを口に入れるのは好ましくない。しかし、キアラはアルヴィスの誕生日プレゼントとして作ってくれたのだ。最初に口にするのが礼儀というもの。アルヴィスは、星形のクッキーを手に取ると躊躇うことなく口に放り込んだ。
咀嚼すればそこから伝わるのは、ほんのりとした甘さと焦げ目のついた苦味。それでも甘いものがそれほど得意ではないアルヴィスからすれば、そこまで酷い味ではなかった。
「どう、お兄様?」
「これ、初めて作ったのか?」
「う、うん……だって、アルお兄様言ってたから」
「俺が?」
「わたしが去年、お兄様にプレゼントを買ったら……それは王女としてのお金で買ったものだって。それを自分のために使うのはよくないって」
去年の誕生日、キアラはアルヴィスへプレゼントを用意してくれていた。その事自体は嬉しいことだが当時のアルヴィスは近衛隊所属で、王女であるキアラからみれば臣下だった。そんな立場で、王女からプレゼントを受けとることは出来ない。更に、キアラが使えるお金は国民の税金から出ているもの。尚更受けとることはできなかった。
その時の断った言葉を、キアラはちゃんと覚えていたのだ。公務を行うような年齢でないキアラがお金を稼ぐことはない。なら、お金を使わない方法を考えるしかなかった。その結果が、手作りのお菓子だったということだ。
理由を理解したアルヴィスは、キアラの頭に手を置き撫でる。
「ありがとう。今までで、一番の贈り物だ」
「ほんとうっ? 嬉しかった?」
「勿論だ」
喜びはしゃぐキアラは味の感想を受け取っていないことも忘れたようだった。
最初に約束した日に会えなかったことはもうどうでもよいのか、キアラはソファに座ってニコニコと用意された自分のお菓子を食べ始めた。アルヴィスもキアラの隣に座るが、口にするのはキアラお手製のクッキーだ。それが嬉しいようで
キアラから笑みが絶えることはない。
「ねぇ、アルお兄様はたくさん贈り物をもらったのでしょ?」
「……あぁ」
「どんなのをもらったの?」
「そうだな……」
好奇心で話をしてくれているのだろうが、アルヴィスは頭の痛いところを責められたような想いだった。
当日に寝込んでしまったこともあり、アルヴィスが贈り物のリストを目にしたのは一週間も過ぎた頃。両親やエリナ、国王等からの贈り物は確かめたがそれ以外のものは、未だにアルヴィスは見ていない。実際には、エドワルドが確認をしているし、リストで何が贈られてきているのかは見ているが、現物はほとんど見ていないのだ。
「両親からは羽ペンとインクとかだったが、伯父上からは服が多かったな」
「お父さま、わたしの時もドレスだった。毎年同じなの。お兄様もなのね」
「キアラは成長期だからドレスを贈っているんだろう。俺の時もそうだった」
「ふうん。それじゃあ、エリナお姉様からは何をもらったの?」
お姉様と呼んでいるんだなと、キアラとの仲も良好なのだと想いながらアルヴィスはエリナからのプレゼントを思い返す。
贈られたのは、スカーフとペンダントだった。ペンダントトップには小さなルビーを填めて六角形が描かれている。一目見ただけで、オーダーメイドだとわかるもの。透明度の高いルビーを扱う職人の腕を評価するべきか、それともリトアード公爵家を評価すべきか迷うところだ。
「どうかしたの、お兄様?」
「いや、何でもない」
「じゃあ、結局エリナお姉様からは何をもらったのよ」
「ペンダントだ」
「どんなの? カッコいいの? わたしも見たいっ」
ねだるキアラに、アルヴィスは苦笑する。見せても構わないのだが、本人にも見せていないものを先に従妹に見せてしまうのもどうかと思う。まずは、エリナに見せるのが先だ。
「すまないが、それはダメだ」
「何で? どうしてダメなの?」
「まだエリナに身に付けているのを見せてないからだ」
「見せてからじゃないとダメ?」
「それが礼儀、だから」
「……そう、なの」
渋々引き下がったキアラ。好奇心は消えていないが、許されない我が儘だとわかったのだろう。想いを抑えてくれたキアラに対し、アルヴィスは頭に手をのせてポンポンと優しく触れる。
「ありがとう、キアラ」
本年最初の投稿です。
まだまだエンジン稼働しきっていませんが、何とか頑張っていきたいと思っています!
楽しんでもらえたなら嬉しいです。




