29話
遅くなりました。すみません。
その後も最近のキアラ自慢話が続いたかと思えば、リティーヌは突然話すのを止めた。視線をカップへと落とす。表情が変わったリティーヌに、アルヴィスも怪訝そうな顔を向けた。
「リティ?」
「あの馬鹿……どうなると思う?」
リティーヌがあの馬鹿と指すのは、ジラルドのこと。どうなるかというのは、このまま塔で一生を過ごすのかどうかということだろう。こればかりは、アルヴィスにもわからないことだ。この処遇を決めたのは国王。王太子であっても、国王の決定を覆すことは簡単ではない。
「心配、なのか?」
どれ程貶していても異母弟であることに変わりはない。情があって当然だ。ジラルドに対して手をあげたのも、案ずる想いがあったから。何も想っていなければ、怒ることさえしないものだ。
「自業自得だとは思っているのよ? でも、私もちゃんと姉として関わっていなかった。だから、あの人やシルヴィ様だけを責めることは出来ない」
「そうか……」
「どれだけ避けられようとも、ちゃんと見ておくべきだった。何がジラルドをあそこまで頑なにさせてしまったのか。気付いてあげられるのは、家族だったはずの私たちだから」
ルベリア王国では、王家でも貴族家でも女に継承権は与えられていない。リティーヌは王女だが、王子のジラルドとは同じ王族でも立場が全く違う。継承権がないというだけで、リティーヌは物心ついたときにはジラルドから見下されていた。王女に求められるのは、王族としてのマナーと最低限の知識のみ。同じ父を持っていても、その扱いは全く異なっていた。リティーヌがジラルドに姉として関わることなどできなくても仕方ない。ジラルドも国王も、姉としての役割をリティーヌに求めていなかったのだから。
「距離を広げたのはジラルドだ。リティが気に病む必要はない。それに……リティが関わろうとしたところで、あいつは聞く耳をもたないだろう。結果は変わらなかったはずだ」
「わかってるわよ……こうして罪の意識を持つことも、ただの自己満足だって。でも……それでもあの馬鹿は半分でも血の繋がった弟だから、何とかできなかったのかなって後悔せずにはいられない」
「……」
先日、塔で会った時のジラルドの様子を思い出す。未だに現実を認識できていない。物事を客観視することは、為政者にとって必須な能力の一つだ。主観でしか判断できないというのなら、遅かれ早かれジラルドは王座を追われていた。アルヴィスの父が、そのような暴挙を許すはずがない。もし、リリアンが現れずにジラルドが王太子のままであったとしても、国王に就くことはできなかったかもしれない。国王は元より、父のラクウェルもジラルドの様子は知っていただろうから。
何も告げないアルヴィスに、リティーヌは困ったように笑った。
「ごめん……アルヴィス兄様に言っても仕方ないよね。エリナにも、何もできなかったことを謝ったら、逆にこっちが慰められちゃった」
「……そうだろうな。彼女はそういう人だ」
ジラルドの件で傷つけられた一人であるエリナは、高位貴族令嬢だというのに傲慢さとは縁遠い性格をしている。今の様に、申し訳なさで沈んでいる様子を見れば、困ったように否定するのは目に見えていた。その様子が容易に想像できてしまい、アルヴィスは口元が緩む。すると、リティーヌと視線が合った。リティーヌは目を見開いて驚きを隠せないでいる。
「……」
「? どうかしたか?」
動きを止めてしまったリティーヌに対して、怪訝そうにアルヴィスが尋ねた。
「いや、えっと……アルヴィス兄様、エリナとはその……うまくいってたりする?」
「どういう意味だ?」
「だって……この前エリナと会った時、随分と悩んでいたし。距離が近づかないって聞いていたから。それに……アルヴィス兄様、苦手でしょ? そういうことは」
思わず眉を寄せるアルヴィスだが、リティーヌの指摘は間違ってはいない。女性との色恋沙汰を得意としていないことは、リティーヌもよく知っていることだからだ。その理由も、原因についてもリティーヌは知っている。
「だから、エリナには少し強引にでも行かないとダメだって伝えたんだけど」
「リティ、余計なことは言ってないよな?」
「ちょっと臆病だって言っただけ」
「……」
ちょっと悪戯が成功したように舌を出して笑うリティーヌからは、先ほどまでの寂し気な雰囲気が消えていた。そうして今度はエリナ自慢を聞かされることになるのだが、悩んでいる姿よりリティーヌらしいとアルヴィスは暫く聞き役に徹することにした。
話を聞きながら頭の中で予定を立てる。キアラに会う時間をどこかで作らなければならない。年の離れた従妹だが、今回の誕生日を誰よりも楽しみにしてくれていた人物の一人でもある。約束を反故にしたのだから、何か好きなお菓子でも持っていこう。
「アルヴィス兄様、聞いてるの!」
「聞いている」
頷きしか返さなかったからか、リティーヌがぐいっと顔を近づけてきた。
ジラルドと婚約してからエリナとリティーヌは交友を深めていたらしい。恐らく、ジラルド当人よりも会う機会は多かったのだろう。話題は尽きなかった。そんな従妹の怒鳴り声を聴きながら、気遣う必要のない相手と久々の他愛ない平穏な時間を、アルヴィスは堪能していた。
私事で少々バタバタしておりますので、年内にもう一回更新できるかどうかわかりません。
年明け暫くすれば、落ち着くと思います。
それまでは不定期更新となりますこと、ご了承ください。