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28話

 

 翌日、アルヴィスが出向いたのは後宮の傍にある温室だった。広さは大体部屋一つ分程度。鮮やかな色合いの花々が咲いている。その一画で花にハサミを入れているドレス姿の女性がいた。足音に気が付いたのか、顔を上げる。彼女がリティーヌだ。ルベリア王国の第一王女。側妃の母親似の顔立ちで、黒髪碧眼。瞳の色は父である国王と同じだが、髪の色は母方の祖父より受け継いだものだ。この温室を管理しているのは専ら彼女で、近衛隊に所属していた頃はよくこの場所で、話をしていた。


「アルヴィス兄様、予想よりもお早いお越しですね」

「時間通りだ、リティ」

「……相変わらず融通が利かないんだから。少し待っていて」

「わかった」


 暫く花への水やりなどを行うリティーヌの後ろ姿を見守りながら、アルヴィスは近くにあった椅子へと腰かける。その目の前のテーブルの上にコトリとカップが置かれた。傍に控えていた侍女がすかさず紅茶を用意してくれたのだ。


「どうぞ」

「ありがとう」

「ジャンナ、ここはもういいわ。下がって」

「かしこまりました」


 一通りの作業を終えたリティーヌは、その手にいくつかの花を持っていた。慣れた手つきでテーブルの上の花瓶に花を生けると、アルヴィスの横に座る。リティーヌの前には、去る前に侍女が用意した紅茶が置かれていた。


「音沙汰ないから、どれだけ忙しいのかと思ったけれど、実際はそうでもないってことなの?」

「タイミングの問題だ。悪かった」

「まぁ、忙しくない訳がないのはわかっているのだけど……」


 怪我のことは知らなくとも、リティーヌも王女だ。アルヴィスの立場も理解しているのだろう。留守中に訪ねて以降、一向にアクションがなかったことについてそれ以上責めることはなかった。


「それで、俺に何か用だったのか?」

「用というか……はぁ、呆れた。アルヴィス兄様、この前は貴方の誕生日だったのよ? パーティーまでやったのに、忘れていたわけじゃないでしょ?」

「忘れていない。それがどうかしたのか?」


 リティーヌが何を言いたいのか全く心当たりがない。パーティーの趣旨も知っている。アルヴィスの誕生日だったことも当事者なのだから、当然理解しているし忘れるわけがない。だが、その反応を見てリティーヌは深く息を吐いていた。心底呆れているという風に。


「キアラとの約束。してたでしょ?」

「キアラ?」


 キアラとは、リティーヌの同母妹。まだ10歳だったため、この前のパーティーには出席することは叶わなかった。そこまで思い出して、アルヴィスはハッとする。


「あの子、待ってたのよ。ずっと」

「……すまない」


 参加できないから、せめてプレゼントは直接渡したいとお願いをされていたのだ。約束した日は誕生日の翌日。当日は主役であるため、抜け出すことは難しいからと話せば、翌日で構わないとキアラが言ったのだ。場所は、ここ。リティーヌの温室である。


「近衛隊にいた時は受け取りを拒否してたから、漸く渡せるって喜んでいたのに、いつまでたっても姿を現さないし」


 それは当然だろう。パーティーの翌日、アルヴィスは寝込んでいたのだから。ここに来ることが出来るわけがない。

 しかし、リティーヌは勿論のこと、キアラがアルヴィスの状態を知るはずもなく、約束を反故にされたと思っても仕方がなかった。


「アルヴィス兄様が約束を忘れてたなんて、珍しいこともあるものね」

「悪かった」

「近衛隊もバタバタしていたし。気になって何か起きたのかとあの人に聞いてみれば、お前には関係ないの一点張り……ったく」


 王女で後宮に住んでいる割に城の動きに詳しいのは、リティーヌが近衛隊で剣を習っていた経験があり、親しい隊士がいるからだろう。箝口令が敷かれている内容が伝わることはないが、リティーヌなりに探りを入れていたようだ。

 リティーヌが()()()と呼んでいるのは、父親である国王を指す。詳しい事情はアルヴィスも知らないが、リティーヌが国王を父と呼ばなくなって久しい。リティーヌ自ら国王に会いに行ったというだけでも、珍しいことだった。それだけ疑念を抱かせてしまっていたとも言える。


「あの人が頼りになるはずないけれど……少しでも期待をした私が馬鹿だっただけで」

「リティ」

「そもそも兄様が忙しくしてるのも、あの人があの馬鹿に対してちゃんと親としての役目を果たしてなかったのが問題でしょ? 馬鹿は兎も角として、キアラにまで心配させるなって言うのよ」


 個人名こそ出ていないものの、リティーヌが非難しているのは国王とジラルドだ。身内だからこそ吐けることだが、リティーヌの中では二人の評価は本当に低い。否、婚約破棄騒動から更に下がったようだ。

 ぶつぶつと吐き捨てるように告げる言葉たちは、キアラへの想いが溢れている。何よりもリティーヌが優先しているのは、キアラなのだ。それを思うとアルヴィスも口許が緩むのを抑えられなかった。


「本当に、リティはキアラ優先だな」

「当然でしょ? アルヴィス兄様だって、ラナリスが大事じゃないの?」

「……兄妹だからな」

「同じよ」


 リティーヌ程ではないという言葉は敢えて呑み込んだ。先日、行事のついでのようなものだったが、ラナリスに会えたことを喜んでいたのは間違いないのだから。


「キアラにはちゃんと謝罪しにいく。また都合をつけて連絡するから、少し待っていて欲しい」

「わかった。キアラに伝えておく」

「頼む」



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