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閑話 令嬢の想い

本作品のヒロインのエリナ視点です。

 

 城から公爵家へと戻ると、エリナはようやくひと心地つくことができた。サロンにて、侍女からお気に入りのお茶菓子と紅茶を用意してもらえば、じんわりと緊張していた心も解れていく。屋敷内は、エリナが視線を気にせず己で居られる限られた場所なのだ。

 リトアード公爵令嬢であり、未来の王太子妃、更には王妃となるべく幼い頃から教育を施されてきたエリナ。同年代の令嬢たちからはお手本として、社交界の貴婦人たちからは見定められる視線を常に受けていた。それは、例の一件から更に注目を浴びるようになっている。今日も城内を歩いていると、そこかしこから視線を感じた。公爵である父と一緒であったので、控えめではあったのだろうが、その視線は好意的なものではなかった。どちらかと言えば、同情的なものが多いだろう。中には、王太子を戒められなかった実力不足による失望感も見えていた。これまでに感じなかった視線を思い返すだけで、エリナの表情は曇る。


「お嬢様……大丈夫ですか?」

「……えぇ、私は平気よ。ありがとう、サラ」

「お嬢様……」


 侍女であるサラに笑みを見せるが、無理して笑っていることなどまるわかりだろう。サラはエリナがちょうどジラルドの婚約者となった時から側にいる侍女だ。隠すことなど無理なのは、エリナもわかっている。それでも、淑女としての矜持が素直に認めたくないと言っていた。

 名門公爵令嬢として、それに相応しくあることがエリナの存在意義だった。王妃ともなれば、国王たる夫を立てつつ、その支えとなるようにと教えられた。我を出すことは、貴族令嬢として有ってはならないことだとも。

 しかし、学園に入りリリアンという男爵令嬢が現れたことで、その価値観が崩れようとしていた。ジラルドだけでなく、他にもリリアンに愛を伝えていたということがわかったのだ。それは、多くの令息がリリアンのような女性を好ましく思っていたということに他ならない。リリアンが同性からは距離を置かれていたことも、令息たちがリリアンに近づいた要因なのかもしれない。

 桃色の髪はふわふわとしていて、女性としては小さめな身長も加わり、とても庇護欲を感じさせるような女性だった。あまり関わったことがないので、実際にどういう女性なのかはわからない。ただ、貴族令嬢としての礼儀作法が全くと言っていいほど身に付いていなかったのだけは、間違いない。それでも、令息たちはリリアンが良かったのだ。


「……私は、間違っていたのかしら」

「お嬢様、まさかベルフィアス様に何か言われたのですか?」

「いいえ、あの方は……何も仰らなかったわ」


 尋ねられたのは、あの件においてジラルドの言葉が真実なのかどうかだけだった。エリナ自身のことは、特に何も聞かれることはなく、エリナもひとつだけ尋ねただけ。

 そもそも、エリナはアルヴィスという人物を然程知っているわけではない。アルヴィス・ルベリア・ベルフィアス。今は、ルベリア王族へと戻ったため、そう名乗っていた。

 国王の甥だが、次男であるため公爵家を継ぐことはなく、学園卒業後は騎士団へと入隊した変わり者。その血筋と容姿から、貴族たちから婿にと望まれることも多かったが、全てを断り続けていた。そこには様々な憶測がされている。隠れた恋人がいるとか、叶わぬ恋をしているからなどだ。


「アルヴィス殿下は、恋人はいないとはっきり仰ったの。お慕いしている方もおられないと」

「そうなのですか? あれほどの方に、何もないというのはあまり考えられませんが……」

「そうね……結婚するつもりもなかったそうよ。恐らく、今回のようなことがなければ、殿下は家庭を持つことなく、騎士として国に仕えていたのかもしれないわ」


 本人であるアルヴィスから聞いたのだから間違いない。噂はあくまで噂で、当人は何でもない風にエリナへ話してくれた。恋人がいなかったのは、エリナにとって僥幸である。ジラルドの件で、他の誰かを想っている相手などは、もうごめんだった。いつかはそういう日が来るとしても、今のエリナには堪えられそうにないからだ。


「お相手がいないと聞いて、安心してしまったわ。本当に……」

「……お嬢様」

「王太子妃失格ね……私はきっとリリアンさんを認めていた訳ではないのよ。ただ、そうあるべきだと思い込んでいただけ……殿下には、認めていたとお話ししたけれど、実際には違うの」


 それはきっと、どこかでエリナがリリアンを見下していたからなのだ。己は公爵令嬢で、向こうは男爵令嬢。身分が下なのだから、懐の広いところを見せなければならないと。本当は、ジラルドがリリアンを愛するように、誰かに想いを寄せてもらいたかった。可能であれば、それがジラルドであってほしかった。それが、エリナの本心である。

 しかし、多くの令息がそうであるように、好ましいと感じるのは、エリナではなく、リリアンのような女性なのだろう。可愛らしく、守ってあげたくなるような女性。エリナが受けてきた教育の中には、全くなかったものだ。


「羨ましいわ……リリアンさんが。もしかしたら、アルヴィス殿下もリリアンさんのような女性がお好きなのかもしれない」

「そのようなことはっ」

「ないとは言い切れないでしょう? 私が未来の王太子妃としていられるのは、王妃様に良くしていただいているからよ。それがなければ、アルヴィス殿下も相手にはしてくださらないかもしれないわ」


 エリナは自信を喪失してしまっていた。淑女として相応しくあるようにと努力していた結果が、意味を成さないということを知ってしまったからだ。最初から王太子妃教育など受けなければ、ジラルドはエリナを選んでくれたのだろうか。いや、そうであっても公爵令嬢として教育を受ければ、リリアンのように振舞うことなどできはしない。ならば、何をしてもジラルドはリリアンを選んでいたということだ。


「お嬢様は、とても素晴らしいお方です」

「サラ?」

「まだまだ未熟な方々が何と言おうと、お嬢様以上に王太子妃として相応しい方はおられません。不敬を承知で申し上げれば、かのお方は現実を見ていらっしゃらないだけでございます。教育を受けていない方が王妃となれば、外国との交渉もうまくいかないでしょう。国もどうなるかわかりません。到底無理な話でございます」

「サラ……」


 サラはジラルドに対して相当怒っているため、厳しい言い方をする。しかし、サラの言うことも間違いではない。


「お嬢様、私はベルフィアス様を良く存じ上げません。ですが、もし同じような過ちを犯すような方であるのならば、お嬢様のために直訴する覚悟です」

「サラ……ありがとう。その気持ちだけで十分よ」

「お嬢様……ゴホン、一つだけ確かだと思いますのは、ベルフィアス様はかの方よりも年上ですし、愚かなことはなさらないだろうということです。ご自身の血筋を理解し、国のために尽くすことを選ばれた方なのです。きっと、大丈夫です。お嬢様の努力もきっと理解してくださいます」

「……えぇ、そうね。そうだと、嬉しいわ……」


 ジラルドとは違う。たとえ愛されなくとも、エリナを受け入れてくれる人であればいい。一度相手に傷つけられたエリナが、アルヴィスに望むことはただそれだけだった。


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