27話
帰宅道中、アルヴィスは一言も話さなかった。城門でハーヴィら近衛隊と別れると、そのまま城内に入る。
執務室に戻れば、椅子へ深く座り背凭れに身体を預けた。脳裏を過るのは、塔でのジラルドの様子だ。ジラルドは、未だに心のどこかでリリアンを信じている。それはリリアンがジラルドの心に深く入り込んでいたからなのだろう。
アルヴィスが会いに行ったのは、ジラルドを更生させるためではない。リリアンのことを聞きたかったからなのだが、あの様子ではリリアンを擁護する以外の言葉が聞けそうになかった。ただわかったのは、ジラルドが未だにリリアンの言葉を信じていることと、リリアンという少女がますます異端に感じられたことだけだ。尤も、ジラルドがどれ程リリアンに心酔していようが、こちらには関係のない話。身内の一人として、関わりが有った間柄としては、現実を見て立ち直ってほしいとは思う。それが叶わなくとも害はないので、あくまで従兄としての思いだが。
「アルヴィス様、どうぞ」
「あぁ……ありがとう、エド」
エドワルドが机の上に置いたティーカップからは、湯気が立ち上っていた。思考に耽っていたアルヴィスの邪魔をしないように、出すタイミングを見計らっていたのだろう。一息つこうと思ったタイミングで用意されたそれに、相変わらずだとアルヴィスも口元を綻ばせる。
紅茶を口に含むと、仄かに甘い香りが漂ってきた。
「甘い、な」
「お疲れかと思いましたので、少し砂糖を加えました」
「そうか」
普段は甘い飲み物など好んで飲まない。それでも、不快には感じないということは、エドワルドの見立ては正しいということだ。
「アルヴィス様」
「どうした?」
「先ほどは……差し出がましい真似をしてしまいました。申し訳ございません」
正された背筋を折り曲げるエドワルド。ジラルドの会話で、口を挟もうとした件のことを言っているのは、アルヴィスにもわかった。
ジラルドは既に王族ではないとはいえ、国王の子だ。それだけでただの貴族の子より、身分だけは上に見られる。エドワルドは、貴族位を持つ家の生まれだが爵位を継ぐ立場にない。置かれた立場だけを見れば、ジラルドの方が上となる。飼い殺しのジラルドに比べれば、エドワルドの方が未来はあるのだが、それはまた別の話だ。身分が下の者が、会話を遮ることは許される行為ではない。エドワルドも良くわかっているはずだ。にも関わらず、口を挟んでしまったのはジラルドの言葉がよほど許せなかったからに他ならない。アルヴィスに対する侮辱とも取れる言葉が、エドワルドは許せなかったのだ。
「確かに好ましいものではなかった」
「はい、申し訳ありませんでした」
「だが……お前が怒った理由はわかっている。あの程度の言葉を気にすることはない。ジラルドは、まだ現実を見れていないんだ。その上で無意識的に放ったもの。気にすることはない。今後、注意してくれればいい」
「アルヴィス様……はい、ありがとうございます」
厳密にいえば、アルヴィスの方が立場が上であるので、公式な場所であれば罰せられるのはジラルドの方なのだが、敢えて伝える必要はないだろう。
「そういえば、リティがジラルドに会いに行っていたのは意外だったな」
「リティーヌ王女殿下、ですか?」
「あぁ」
リティーヌは、国王の第一子だった。側妃の子で、男児ではなかったことに、周囲の落胆は大きかったらしい。だからこそジラルドへの期待は強くなり、結果として間違った道へ行ってしまったとも言える。加えて、リティーヌは賢かった。要領がいいとも言う。ジラルドはそんな腹違いの姉と常に比較されて、お互いの仲は良くなかったはずだ。リティーヌはジラルドを嫌ってはいないが、顔を合わせても睨みつけられてばかりなので、徐々に距離は空いていった。そんな話をアルヴィスはリティーヌから聞いていた。
「そういえば、リティーヌ王女殿下は何度かアルヴィス様に会いに来ていました」
「いつだ?」
「アルヴィス様がまだ臥せっておられた時です。事情を知らないようでしたので、多忙で留守にしているとお伝えしたのですが、日を改めると仰っておりました」
負傷した件は、リティーヌにも伏せられていた。確かに、知っていれば部屋に来ないわけがないのだから。それだけの関係をアルヴィスとリティーヌは築いている。
「留守ということにしたのなら、何かしら行動をしないと拗ねるだろうな」
「そう、なのですか?」
「エド、後宮への言伝を頼めるか?」
「わかりました」
リティーヌは王女だ。現在は、母親である側妃と妹と共に後宮の一部である宮で過ごすことが多い。後宮の外で会うことも出来るが、いずれにしても約束を取り付けなければならない。リティーヌの居住場所が後宮である以上、何をするにも手続きが必要だ。
引き出しの中から紙を取り出すと、アルヴィスはペンを走らせた。




