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24話

 

 エリナがやって来たのは、それから直ぐだった。二人だけの方が良いだろうと気を利かせたエドワルドやティレア、サラは部屋の外に出て、今は部屋の中に二人きりとなっている。

 出ていく前にティレアが淹れてくれた紅茶に口をつけて、アルヴィスは息をついた。


「……屋敷に戻ると聞きましたが、そのまま学園の寮に?」

「はい……その、アルヴィス殿下のお身体も良くなられたので、私がこれ以上留まるのは、と」

「そう、ですね……随分と世話になってしまいました。改めて礼を言わせてください」


 手に持っていたティーカップをテーブルに置く。向かい合ってはいるが、エリナはアルヴィスと視線を合わせることはなく、少し俯きがちにしていた。


「いえ、私が勝手に致したことです……侍女の方々にも沢山助けて頂きました。私の方こそ、その……ありがとうございました」

「それは侍女たちに伝えてあげてください。喜ぶでしょうから」

「はい……」

「……」


 ずっと顔を見ないようにしているエリナ。何かエリナの方から話があるのだろうと思ったが、ただ挨拶の為だけだったのだろうか。


「エリナ嬢、明日の準備もあるでしょう。今日はもう休まれた方が――」

「いえ……私は、ちゃんとお話をしなければと思いまして……」

「私に、ですか?」

「はい……」


 その割には顔を見ないし、黙っているだけなのだが。頭の中でどう話すかを考えているということなのか。仕方なく、アルヴィスはエリナから切り出されるのを待つことにした。


 再び紅茶のカップを手にすると、エリナがすっと顔を上げてアルヴィスを見た。ここに来てから漸く顔を見れた気がする。内容はまとまったのかと思いながら、カップに口を付けた。


「アルヴィス殿下、先日の……ことなのですが」

「先日? ……あぁ……」


 隣国やら商会やらで忘れかけていたが、エリナと最後に顔を合わせた時のことを思い出す。アルヴィスの寝室からエリナが逃げ出した日のことを。

 アルヴィスは直前に目が覚めたので実際には寝込みではないが、エリナは寝込みを襲ったと思っているはずだ。その時の謝罪を伝えたいというのが、エリナの用件らしい。

 ガバッと立ち上がると、エリナは深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんでしたっ! 王太子殿下に対して、公爵家の者としてあるまじき行為、本当に……申し訳ありません」

「エリナ嬢……」


 エリナが来ることをわかっていて、眠ってしまったのはアルヴィスの方だ。どちらかというとアルヴィスの方に不手際があったと言える。エリナが謝罪することではない。アルヴィスは首を横に振った。


「いいえ、元々私が寝入ってしまったのが悪いのです。私は気にしていませんから、エリナ嬢も気になさらないで下さい」

「え……」

「謝罪ならば不要です。それに、そういう意味では私の方こそ謝罪をしなければなりませんから……」


 茫然としたように顔を上げたエリナに、アルヴィスは苦笑する。

 あの生誕パーティーの時、咄嗟のこととはいえ、エリナの許可もなく勝手に唇を奪った。物音を立てずにエリナの悲鳴を塞ぐには、それしかなかったからだ。エリナはアルヴィスを咎めることもしていないが、王太子相手に無礼も何もない。もしエリナが嫌だったとしても、飲み込むしかなかったはずである。


「……あの時は、貴女に無体を強いてしまいましたから。嫌な想いをさせただけでなく、女性にはキツいものも見せてしまいました。謝るべきは私です」

「いえっ! そんなことはありませんっ」

「ですが……」

「確かに恐いと感じましたが、それだけです。アルヴィス殿下が謝ることではありません! それに……少しでもズレていれば怪我をしたのは私です。助けて頂いたも同然なのですから」

「……」


 エリナの話は事実とは違う。狙われたのはエリナで、アルヴィスが動かなければ間違いなくエリナを射ぬいていた。そうすれば怪我どころではすまなかった。高確率で死んでいた筈だ。

 敢えて伝えることはしない。多少なりとも危機感を抱いたのなら、それで十分だ。


「なら、この話は終わりにしましょう。既に終わった事ですし、堂々巡りのようですから」

「アルヴィス殿下……はい、わかりました」


 エリナもアルヴィスもお互いが譲ることはないだろう。ならば、話は切り上げた方がいい。特にあの事件のことは、これからもエリナに知らせるつもりはないのだから。

 アルヴィスは一呼吸つくと、話題を変えることにした。


「明日は、どれくらいに城を出るのですか?」

「午前中には、迎えが来る予定です」

「そうですか。では、見送りに行きます」

「いえ……まだ体調も万全ではないとお聞きしていますし、お忙しいのですから……私は大丈夫です」


 婚約者としてならば、見送るのが普通だ。仕事もまだ本格的に動けるわけではないのだから、多少時間を割いたところで支障はない。


「婚約者として、世話になった身として、見送らない訳にはいきません。無理はしてませんから、そのくらい構いませんよ」

「アルヴィス殿下……ありがとうございます」

「いいえ」

「……」


 まだ話題を持っているのか、エリナはぎゅっと膝の上にある手を握りしめていた。その様子に、アルヴィスは怪訝そうに首を傾げる。

 少しの間黙ったまま様子を見ていたが、エリナは話し出そうとしては口を閉ざすのを繰り返していた。このまま待っていても構わないのだが、明日には城を出るのだ。片付けなどは侍女たちが進めているとは思うが、かといってずっと留めておく訳にもいかないだろう。


「明日の準備もあるでしょう。今日は早めに休んで下さい。ここで疲れさせる訳にはいきませんし」

「いえ、私は……」

「エリナ嬢?」

「……いいえ、何でもありません。……お疲れのところお時間を頂戴してしまい、申し訳ありませんでした。ありがとうございます」

「いえ、この程度なら問題ありませんから」


 立ち上がると、部屋の外で待機しているだろうエドワルドらに声をかける。サラと話をしていたようで、そのままエリナをサラに任せた。危険は無くなったので、二人で帰しても問題はない筈だ。二人の姿が見えなくなるまで見送ると、部屋の中にエドワルドと戻り再びソファに座る。


「アルヴィス様、随分と早かった様ですが宜しいのですか?」

「あぁ。明日のこともある。出来れば、知られる前に城を去る方がいいからな」

「……アルヴィス様がそう仰るなら何も言いませんが」


 知られる前にというのは、現在拘束され騎士団預かりとなっているリリアンのことだ。エリナはリリアンに対して遺恨はないと話していたが、それでも会えば気分が良いものではないはずだ。事の発端でもあるのだから。噂一つでも入る前に出て行ってもらった方がいい。

 城を出てしまえば、エリナは学園の寮に戻ることになる。手紙のやり取りをすることは出来るが、会って話す機会は格段に減るだろう。尤も、エリナは学園で学生としてすべきことがある。城に滞在していた数日程度ならば、大した遅れにはなっていないかもしれないが、それでもエリナはまだ学生なのだ。学生として、最上級生として本分を全うするべきだ。そして、同じようにアルヴィスにもやるべきことがある。その一つが建国祭だ。

 二か月後には建国祭が迫ってきていた。アルヴィスが王太子となってから初めての他国から来賓を招いての公式行事。そのため、今後は体調を万全にすることと、建国祭の準備をすることが最優先となるだろう。


「それとできれば――」

「アルヴィス様?」

「忙しくなる前に、ジラルドには会っておきたい」

「ジラルド様、ですか?」

「あぁ」


 リリアンに会ったことも含めて、ちゃんと話を聞いた方がいい。何を聞いたところで、ジラルドの処遇が変わるわけではない。あくまで、アルヴィスの中でちゃんと整理をつけておきたいだけだ。いつまでも尻拭いをさせられたなどと言ってはいられない。そのための一つのけじめだ。




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