23話
その日の夜。まだ体調が万全ではないと国王と王妃との晩餐を断り、一人での夕食を終えたアルヴィスは、私室で資料を読み込んでいた。執務室より持ってきたルベリアと隣国との交易についての資料だ。ここ数年のものが纏められている。
侍女たちは下がらせており、今ここにいるのは侍従のエドワルドだけだった。数日間、1日中アルヴィスの世話をしていたのだからと、侍女たちには交代で少し長めに休みを取るように指示してある。本調子でないことに変わりはないため、一人には出来ないということだったが、エドワルドがいるのでティレアらも納得して引き下がってくれた。
そんな中、アルヴィスは資料から一つの変化を見つける。内容は変わらないのに、数字に変化が出ているのだ。
「……昨年から、か」
「アルヴィス様?」
「まだ確証はないが、商会の流れが変わったのが原因だろうな」
「例の、ですか?」
「ちょうど、マラーナの宰相が変わったのが昨年だ」
ルベリア王国の隣にあるマラーナ王国。例のロッグバード伯爵の国だ。元々、奴隷の売買は公的に認められた商売だったが、この新しい宰相の方針により、禁止されるようになった。反発は今でも強いが、王が全面的に宰相の方針に賛同しているらしい。
ルベリアは元々奴隷を禁止している国だ。これを好意的には受け止めているし、方針について助言を求められれば応じるだろう。しかし、長年奴隷を禁止していたルベリアの方針が、つい最近まで奴隷を認めていた国に容易く受け入れられる訳がない。参考程度にしかならず、マラーナが直ぐに対応出来ることは、これ以上奴隷を増やさないくらいだ。
「別の商売をする商人が増えたからでしょうが、他国に対しても同じような感じですね」
「……あぁ、直ぐに切り替えなどできなくて当然だろう」
アルヴィスが他国を気にしても仕方ないが、ルベリアに害がないとは限らない。それに今回のカバーチェ商会とロッグバード伯爵が繋がったのは、そういったマラーナの事情が関係している。公的な商売は出来なくても、売買自体がなくなるわけではなかった。その頭取の一人がロッグバード伯爵であると考えられる。まして、国内の商会が関係しているとなれば、ルベリアに奴隷が持ち込まれなくとも、ルベリア出身の人々が奴隷として連れ去られる可能性は大いにあった。
「行方不明者がいないか、少し探るしかないな……」
「そうですね……ですが恐らくは」
「わかっている。手遅れだということはな」
「アルヴィス様……」
全てが後手に回ったのだから、もし行方不明者がいたとしても、助けることはまず無理だ。チェンバー子爵が拘束されたこともロッグバード伯爵は既に知っているはず。ならば、証拠隠滅を図っている頃だ。公的な商売ではない以上、明確な証文や書類が残されていないことも考えられる。それでも、そういった被害者がいるのであれば、知っておかなければならない。王太子として国政に関わるアルヴィスの義務でもあるだろう。
「今回、ルベリア国内では関係者は全て拘束出来たが、他国までは流石に手が回らない。あちらの領分だしな」
「アルヴィス様を傷付けた者は、自害したと聞きました。もう、危険はないと考えても宜しいのでしょうか?」
「そうだな……国内において、俺を害することは得策とは考えないだろう。余程の愚か者でない限りは……」
「そうですね……」
資料から目を離して、テーブルへと置く。必要なことは頭に叩き込んだ。もう必要はない。エドワルドが資料を片付けるのを見ながら、アルヴィスは窓際へと歩いていった。そこからは、パーティーの時に矢を放った刺客の居た場所が見える。負傷者はアルヴィスのみ。それ以外は、昏倒させられていたと報告を受けていた。怪我をしていないのならば、被害は最小限だ。外へ公表する必要もなく、ひっそりと処理だけが行われていく。エリナらが今回の顛末を耳にすることはないだろう。
そこへ、コンコンとノックの音が届いた。エドワルドが応対するべく、扉を開ける。
「はい、ティレア殿?」
「お疲れのところ申し訳ありません。アルヴィス様にご挨拶をさせていただきたいと、エリナ様が申し出ております。如何いたしますか?」
訪問者はティレアだった。部屋の中に入ると、エリナから伺いがあったことを知らせてくる。
言われてみれば、今日は一度も顔を合わせていなかった。臥せっていた時は毎日のように側にいたのだが、今日はアルヴィスがあちこちと動き回っていたので鉢合わせしなかったのだろう。
「ティレア殿、明日では駄目なのですか?」
「いえ、ただ……明日、エリナ様はお屋敷に帰られるとのことで、その前にアルヴィス様とお話をしたいのだと思われます」
「そうか……確かに、城に留まる必要はなくなったな……」
エリナが狙われる心配はなくなった。元より学生であるエリナは、学園で寮生活を送っている。その日常に戻らなくてはならない。アルヴィスも寝たきりではなくなり、看病という名目もなくなったのだから。
ふと、ルークに言われたことを思い出した。関わりを持てと。このまま時間を取らずにいれば、次はいつ機会があるかわからない。
「どうしますか、アルヴィス様」
「……わかった。呼んできてくれ」
「かしこまりました」
また暫く会うことは出来なくなる。明日のいつ頃に城を出るのかわからないが、アルヴィスも時間が取れるかはわからない。ならば、今の方が余裕をもって対応することができる。それほど時間を置かずにエリナは来るだろう。それまでの時間、アルヴィスはただ空を見上げながら待っていた。
ストックはここまでになります。
この続きは、今週中には投稿出来ればと思っています。今暫くお待ち下さい。
ここまで本作品を読んでいただき、ありがとうございました。