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22話

 

 地下牢から出ると、外は日が傾いて薄暗くなっていた。回廊の柱に寄りかかり、アルヴィスは右手で顔を覆う。思わず笑ってしまいそうだった。


「馬鹿馬鹿しい……あんな女ばかりだ……本当に……」


 リリアンは何故だかアルヴィスが求める言葉を知っていた。しかし、薄っぺらい女から告げられても何も嬉しくなどない。大体、リリアンがアルヴィスの何を知っているというのだ。


「アルヴィス」

「……隊長?」


 顔から手を離せば、足元に影が出来ている。ルークだった。近くへ来ると、ルークはアルヴィスの頭をくしゃりと撫でる。


「……噂以上の愚か者だったわけだが、どうした?惑わされた訳でもないだろう。それとも、ジラルドに同情でもしたか?」

「……いえ。地位と身分を持つ者に近づくなら、珍しいタイプでもないですから。騙されたあいつにも非があります」

「まっ、一理ある……ジラルドは腹芸が得意な王子ではなかったからな」


 良く言えば素直な王子だ。だが、為政者としては致命的でもある。チェンバーらに御しやすいと思われても仕方がない。そういう意味では、廃嫡する要因を作ったリリアンには感謝してもいいだろう。

 ルークは頭に乗せていた手を避けて、アルヴィスの隣に寄りかかった。そうして、懐から何かの瓶を取り出す。


「それは?」

「……お香だ。出荷元は隣国。嗅がせれば、一種のトランス状態に陥る。あのお嬢さんが持ってたものだ。子爵から渡されたものらしい」

「なるほど……そういうことですか」


 ルークのことだ。全て回収している筈である。リリアンが隠し持っていることはないだろうが、二人きりになったところで何かしら仕掛けてくる可能性はあったということだろう。お香程度にどれだけの力があるのかはわからないが。あの自信はそこから来ていたのだ。


「まぁどちらにしても、女神の話は知る限りを話させる必要がある。お前も同席した方がいいだろう」

「……わかってます」

「その後は処するか?」

「そうなるでしょうね……」


 思わず右手の甲を見てしまう。今は黒手袋で隠している右手。その甲にある紋様には、まだ不明な点が多い。儀式以来、特に反応を示しているわけでもないため放置しているが、訳がわからないものを宿しているのはあまり心地よいものではないのだ。

 歴史上に何人も女神との契約者がいるわけではないため、リリアンが何か知っているのなら洗いざらい話してもらわなければならないだろう。今、リリアンを生かす選択をしたのは、その為なのだから。

 ただ、出来れば会うのを遠慮したいというのは、アルヴィスの本音だった。当事者である以上は、避けられないことだが。


「はぁ……」

「幻滅したか?」

「既に遅いですよ」

「おいおい……あれはかなり特殊な部類だろ?」

「……俺の近くに来るのはあのような女ばかりです」


 これは本当だ。領地にいた時も、学園に通っていた時もそうだった。次男で公爵家を継ぐ訳でもなかったアルヴィスだが、その容姿で女性には人気があったし、成績も優秀だったため、婿にと求める声が多かったのだ。

 ある理由で女性には辟易していた部分もあって、父であるラクウェルはアルヴィスの意志を尊重してくれていた。しかし、相手の女性たちはそうではない。学園で婚約者がいない男は、結婚相手として値踏みされる存在。その中でもアルヴィスは王弟の息子という超優良物件だった。手段を選ばないような酷い目にあったことも一度や二度ではない。


「なるほどな。それで、リトアード公爵令嬢へもそんな煮え切らない態度な訳か?」

「……そういうわけではありませんが」

「その態度は意図的だろ? それとも、リトアード公爵令嬢がこれまでお前が会ってきた女たちと同じだと思ってるのか?」

「……そこまでは、思ってないですよ。流石に……」


 同じではないのは、身に纏う空気で何となく伝わる。ナリスにも指摘されたことだが、これまでの女性たちとは違うことはアルヴィスも理解している。好感は持てる人物だと。


「それでも、無意識に、か?」

「……そういうつもりは」

「それを無意識というんだ。全く……色々特殊な環境なのはわかった。トラウマなのかもしれないが……どちらにしても、避けられない相手だからな。良好な関係を築いた方がお前も楽だと思うが……」

「それはまぁ……努力はします」


 元々、エリナとは適度な距離感を持って関わると決めていた。それ以上踏み込むつもりはないと。ルークも、そんなアルヴィスに気が付いていたのかもしれない。

 黙っていると隣から深いため息が聞こえてきたが、アルヴィスは聞かなかったことにして身体を柱から離す。


「……そろそろ戻ります」

「まだ一人になろうとするな……送ってく」

「隊長に言われると、不思議な感覚ですね……」


 苦笑するアルヴィスに、ルークは肩を軽く叩いた。


「慣れろ。お前は、この国で陛下に次いで守られる最重要人物だ。本調子ならともかく、暫くは一人で行動するな」

「……慣れろと言われても、簡単には出来ません」

「そうしているうちに慣れるもんだ。ほら、行くぞ」

「……はい」


 隣同士で歩くのではなく、アルヴィスの少し後ろを歩くルーク。その位置取りは、紛れもなく守る側の立ち位置。この場合守られるのは、アルヴィスだ。城内でこのように歩く必要はないが、ルークは敢えてアルヴィスに意識させるようにそうしているのだろう。


「違和感を感じるか?」

「それは当然です」

「……これがお前の定位置だ。違和感を感じなくなるまで、城内でもそうさせる。少し、守られることに慣れないと、お前はまた自分で動くだろうからな」

「あれは……仕方ないことで」

「どんな理由があろうと、守るべき相手を害された時点で近衛としては失格になる。お前とて知っているはずだ」

「それは……」


 近衛は、王族を守る最後の砦の一つ。どの様な理由があろうと、どんな状況であろうとも、王族を守るのが役目。今回は不問にされたそうだが、レックスやディンが今もその時のことを悔やんでいることは、アルヴィスも知っている。だから、ルークにそれ以上の反論は出来なかった。



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